軟骨肉腫日録[転移篇]6  再びラジオ波焼灼へ

2017年 8月
 最初の手術で左肩と上腕(移植した腓骨)をつなげたワイヤーは、手術後半年で切れていることがわかっていました。
 主治医は「そのうち取り除こう」ということでしたが、わたしがためらっていたために延び延びになっていました。
 ワイヤーの端が筋肉に刺さるのか、ごくたまに痛みますが、それほど気にせずにそのままにしてきました。

 6月のある日、デイパックに重い荷物を入れて担ぐことがありました。
 帰宅後、シャツの左肩の部分に血が滲んでいるのに気づきました。皮下で内出血し、その一部が外に流出したようです。
 近所の外科医院で処置をしてもらいました。完治まで2週間ほどかかりました。
 次の定期検査でそのことを主治医に告げ、ワイヤーを取り除くことになりました。

 8月下旬、入院しました。
 全身麻酔でしたが、執刀時間は20分程度、入院も4日でした。
 ワイヤーは4つに切れていました。術前の説明では、裏側に回った部分は取りきれない可能性もあるということでしたが、結果的にはすべてを取り除くことができました。
 これまでの手術では、最も軽いものでした。

9月
 9月になって放射線科の定期検査がありました。
 1月のラジオ波焼灼の跡は経過良好でした。
 前回の6月の定期検査で左肺に小さな腫瘍らしきものが見つかっていました。
 それ以前の診察では「たぶん腫瘍ではなく肺炎の跡ではないか」ということだったのですが、今回は少し成長して5mmほどになっていました。悪性で、治療する必要があるということでした。
 急ぐ必要はないが、11月にもう一度ようすを見て、来年の1月頃に前回と同じように焼灼することになりました。
「これが最後の治療になるのではないかなぁ」という医師のことばでした。

2018年 1月9日
 昨年のラジオ波焼灼治療からほぼ1年。
 1日違いの日付で、今日入院しました。
 
 担当医から治療法の説明がありました。
 腫瘍が前回よりも下の位置にあり、横隔膜寄り・胸膜寄りということで、焼灼の熱が胸膜に及べば痛みが出るということでした。他の副作用等は以前と同じ、と。
 鼠径部の大腿動脈から動脈血を採血し、酸素濃度を検査。右の動脈から採取したものが低値だったので左でやり直しましたが、やはりほぼ同値ということ。
 「心配はないと思うが」ということでしたが、明日術前に呼吸機能の検査をすることになりました。

 夕方、前回の入院時にもやっていた階段昇降を地下1階から3階まで、5セット。今まで以上に呼吸が苦しいということはありません。

1月10日
 昨夜は12時ぐらいまで寝つかれず、それ以後3時すぎまで眠りました。その後1時間余り眠れず、無理して眠ろうとせず深いリラックスを心がけると、深く寝入りました。
 入院最初の夜としてはこのようなものでしょう。1年前はほとんど眠ることができずに治療を受けたのでした。

 朝9時に呼吸機能の検査をし、点滴をセッティングし、尿の管を挿入しました。
 尿の管にはいつも違和感があります。担当の医師に訊ねると、管は膀胱まで挿入されているとのこと。挿入後尿意を感じていつも困るのは、溜まった尿を感じているのではなく管を蓄尿として感じているのではと、思い当たった気になりました。それでも、排尿してしまいたいという感じが続くのはいやなものです。

 予定通り午前11時から治療は開始されました。
 前日の説明では、機器が新しくなったから治療が効果的に進み時間が短縮されるだろうということでした。昨年は2時間かかりましたが、今回は1時間半でした。
 焼灼は2回。1回目の途中からと、2回目はずっと、左の頸肩部が痛みました。ひどい肩こりのような痛み。ドクターの説明では、焼灼している部分からの関連痛ではないかと。痛みを感じるは肺尖部周辺でもあるし、そうかもしれません。
 2回目の痛みでは脂汗をかき、限界ギリギリでした。治療前の打ち合わせで知らされていた麻酔の追加を求めました。
 治療終了後も全身に不快感がありました。胃部の吐き気に似たもの、あくび、めまい感など。そして頸肩部の痛みも残りました。

 病室に帰ってしばらくしていると、それぞれの不快感はおさまっていきました。最後に残った頸肩部の痛みも1時間ほどでずいぶんましになりました。
 治療終了から2時間半後、ベッド上でレントゲン撮影をし、しばらくして主治医から今日の治療の総括がありました。うまくいったということでした。焼灼後あった気胸も、挿管し空気を抜くと大部分が復元したということでした。気胸を引き起こした挿入口がこのままうまく回復すると、順調に退院できそうだとのこと。

 ここまでは空気塞栓を警戒してベッド上で枕をつかわず横臥していましたが、立ち上がったり、坐位になることが許可されました。尿の管も抜いてもらい、自分でトイレに行きました。

1月11日
 昨夜は寝つきがよくはなかったのですが、この夜は眠り込むと朝まで目覚めることはありませんでした。
 背中がこっている感じが残っていますが痛みはありません。
 排尿時の痛みは少しずつましになりつつもまだ残っています。

 午前中にレントゲンを撮り、それを診たドクターから説明がありました。
 治療についての補足説明。挿入するために胸膜に穴をあけた時点で気胸が起こり、肺は縮小した。肺と胸膜・横隔膜の間に間隔をとるために人為的に気胸を起こすことも考えていたが、その必要はなかった。治療後、空気を吸引すると肺は復元した。肺が柔軟なのだろう。現状は、胸郭上部に気胸が残っているが挿管して吸引するほどのものではなく、自然に復元するのを待つと。
 明日のCTの結果次第で、退院は最短の土曜日になるか週明けになるか、ということでした。週明けに延びるのはいやだなぁ(笑)。

1月12日
 昨夜も一晩よく眠れました。
 朝、採血とCT撮影、抗生剤の最後の点滴が終り、管が抜かれました。
 いつもそうですが、点滴の管が抜かれるとちょっとした解放感を感じます。病人から健康体になったよう。歯磨きやトイレでの手洗い、衣服の着脱、からだを起こす時の支えなど、管はずっと気になっていました。

 昼にCTの結果を診ての判断が示されました。
 リスクを負って自己判断で明日退院するというのも不可能ではないが、できれば月曜日の朝レントゲンを撮り、そこで気胸が縮小しているのを確認してから退院するのが安心ではないかと。午後見舞いに来た妻とも相談し、そうすることにしました。

 夕食前にシャワーを浴びました。手術前日以来3日ぶり。眠るまでシャワーの熱がからだに残っています。

1月13日
 昨夜は少し寝つきが悪くやや睡眠不足ぎみ。それでも、もう何もない一日なのでそれほど気になりません。

 土曜日でスタッフも少なく、患者の診察・検査もほとんどないためか、病棟全体が閑散としています。
 読書とパソコンをして一日を過ごします。時間の流れがはやく感じられます。
 夕方非常階段を歩きました。
 昨日に続きシャワーを浴びました。

1月14日
 日曜日。昨日と同じ雰囲気。

 パソコンの作業を続けます。入院時に持ち込んだ予定をほぼ済ませて退院できそう。
 テレビで日曜日のスポーツ番組(駅伝・スキージャンプ・相撲)を観ました。
 昨日同様非常階段を歩きます。1階から7階まで、3セット。昨日よりは慣れてきましたが、呼吸はかなり上がりました。

 一日があっという間に過ぎていきます。入院期間が延びたこともそれほど苦になりません。

1月16日
 昨日退院しました。
 2日期間は延びましたが、昨日のレントゲンの結果では気胸もなくなり、何の懸念もなく日常生活を送っていけます。

 自宅へ帰る途中のレストランで昼食を摂りましたが、「下界」はいろいろと刺激が多いなあと感じます。特に何がというわけでもないのですが、近くの席の客の会話にも賑やかさを感じます。しばらくそういう刺激から隔離された環境で暮らしてきたのだと、少しなつかしさを感じながら思いました。
 そういう静謐さをこれからの暮らしの底に残しておきたいとも思いますが、最も騒がしいのは自分の内に湧き上がるさまざまな思いなのでしょう。

 ふと思います。わたしのからだはここ何年かでは最も腫瘍の少ないからだになったのだと。

2月16日
 治療後1ヶ月の経過をみる定期検診。
 CT画像では、きちんと焼灼できていて、焼灼跡も順調に回復していくだろうと。また、両肺に腫瘍らしいものは見当たらず、3ヶ月後の検診で何もなければ、放射線科での肺転移の診療は終了することに。

 今回の主治医のMountain(仮名)医師から「淡々としていますね」と。
 結果を聞いてもあまりうれしそうな表情をしなかったのでしょうか、それともこれまでの入院前後の態度がそうだったのでしょうか。

 最初の手術から5年が経ち、わたしも60歳になります。


その後 2021年春
 上の記述から3年余りが経ちました。
 1時間足らずのジョギングを週に何回かしたり、自動車の運転を2年前に再開し、置換した左腕でハンドルを握っています。
 日常で不便を感じることはなく、今の自分のからだに納得しています。

 実は1年ほど前に右肺に小さな腫瘍が1つ見つかっています。半年おきの定期検査ごとにわずかずつ大きくなり、現在は1㎝足らず。
 家族を毎日世話する必要があり、おそらくは5日ほどになるだろう入院・治療を延ばし延ばしにしてきました。その事情も緩和されつつあり、「1㎝になったり複数見つかることになれば焼灼しましょう」という主治医のアドバイスに従うつもりでいます。

 今後の報告は書かないつもりです。
 ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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