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しっかり者は損か得か。

今日は私のキャラクターについて少し考える。

私は25歳くらいまで、自分のキャラクターに自信を失ったことがあまりなかった。自信満々というわけではないが、人付き合いが苦手なタイプではないと思っていた。

ところがあることをきっかけに、その考えはガラガラと音を立てて崩れていった。そして30代になっている今も、その不安は付き纏っている。

思い返せば幼少期から、大人の言うことを聞く子供だった。
大人の言うことを守れば褒められ、またやろうと思う。
少し大きくなると、そこに役職というものがつくようになった。
学級委員や生徒会、大学ならばゼミ長や各種実行委員など。
自分はこのようなものが好きだと思っていたし、やる人がいないなら
すすんで立候補した。

ところが大学を卒業して、段々とそこに疑念が生じるようになる。
役職というものは、大人にとって、周りにとって都合よく働く人間なのではないか?
そう、私は役職の仕事をこなすことにやりがいを感じてしまっていて、
自分自身の中身は何も増えていないことをやっと自覚したのである。

世の中とは不条理で、
学校にいるうちは、先生の話をよく聞いて、先生の意図に合うように動く人間を必要とされる。
ひとたび学校生活の外へ出ると、
いきなり個人のオリジナリティという部分に重さがのしかかる。
君は、何ができるの?

私の専門分野は人間科学系だが、
それゆえに私は人間について懐疑的である。
啓蒙主義というわけでもないが
ヒトは個人で生きていくことを求められ、
他と共に構成する社会の中で生きている。
このパラドックスをどう受け止めるかさえも、
個人に委ねられているのである。