映画「恋愛小説家」As good as it gets

 マンハッタンに暮らす恋愛小説家メルビンは売れっ子だが偏屈で、暴言を吐き散らかすので周囲からは良く思われていない。そんな彼はカフェのウエイトレス、キャロルに恋をしている。なんとか距離を縮めたいが口が悪いのが災いして関係は進展していかない。ある日彼と同じマンションに住むゲイの画家が強盗に襲われて心身ともにボロボロになったうえ一文無しになってしまう。絶縁状態の彼の両親に一緒に金を無心しに行くことになってしまったメルビンはキャロルを誘って3人で旅に出る。

メルビンが執筆活動をしているシーンはほぼ登場しないので「恋愛小説家」という邦題には若干違和感を覚えたが、終盤になるにつれ少しずつわかってきた。彼は生きながら言葉を綴っている。そのさまがまさに恋愛小説なのだ。この作品はメルビンがずっと恋愛小説を書いているかのようだった。もがきながら生身の人間と対峙し、言葉を選び、相手の反応を見て、新たに言葉を紡ぐ。今までは相手の気持ちも考えずに言いたい放題言い散らかしてきた彼だが、相手が傷つく言葉を控えるように注意するようになったり、相手を思いやったりと変化が生まれていく。
バーでキャロルの機嫌を損ねてしまったメルビンは、償いの言葉として、君と出会ってから本来は大嫌いな精神の薬を飲むようになった、と伝える。「いい人間になりたくなったんだ」と。
キャロルもゲイの青年も経済面でのメルビンの支援をありがたく思うのに素直になれない場面も出てくるが、最終的に彼らの心を動かすのはメルビンのまっすぐな言葉だ。そしてメルビンを変えていくのも彼らの偽りのない言葉だ。
相互に正の作用を与え合っていき良いラストシーンに向かっていくのに必要なのはお金や行動だけでなく、むきだしの魂から湧き出る言葉だということがスクリーンを通して見る者の心に染み透っていく。人生は机上で書かれた「小説」なのではなく、ナマモノとしての人間が生み出した言葉たちによって彩られるのだ。それをダイレクトにではなく、じんわりと感じ取ることができた。あなたの人生は小説や映画などではない、自分から滲み出た言葉によって作っていくものだよ、とフィクションである映画を通して教えられたのはなんだか奇妙だったがその奇妙さはとても居心地の良いものであった。


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