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エッセイ

私の生まれた町は、四方八方を山に囲まれていた。
前を向いても山。後ろを向いても山。右を向いても山。左を向いても山。
当然の様に、山は四季折々に表情を変えた。春夏秋冬。美しい自然の変化の中で私は育った。

学校の裏には、かも山が並び立つ。校舎の真後ろは山崩れで、茶色の線が描かれていた。麓には家々が立ち並ぶ。小学校と同じ敷地内に幼稚園はあった。

かも山からかも川、そして仁淀川へと清流は流れる。この清流を辿るとかも山に登り、追うと仁淀川に辿り着き、いずれは太平洋へと続く。

かも川に掛かる橋から、水の流れを見ていた。そこは通園通学路だった。橋の下の川には水がない時もあった。そうすると川に降りて行って、その辺りを観察しながら、暫く遊んでいた。川の石は綺麗だった。

かも橋を渡りまっすぐ下っていくと、祖父母のお家があった。

川の上辺りに住んでいた頃、猫と犬を飼っていた。猫はたま。犬はちび。ある日、ちびの散歩をしていたら、小さな私は引きずられて、思わず鎖を離してしまって、ちびは居なくなった。後日戻ってきたちびは、どうやら、かも川を辿って行った先の、かも山の麓の家に居たようだ。
とにかく、ちびが帰ってきてほっとして、嬉しかった。

仁淀川沿いに、大国様の神社があって、お祭りに連れて行ってもらった。お面がほしくて指をさしたら、何故か綿飴を買ってもらった。お面がほしいから、また、指をさしたら、何故かまた、綿飴を買ってもらった。
なので、うちには暫く、綿飴が沢山あった。いや、お面がほしかったんだけど。
綿飴で、顔中甘くベタベタしていた。

あの楽しい所にまた行きたくて。一人でどんどん歩いてみた。幼い私には、かなりの大冒険だ。怖くなって引き返す。また、いそいそと、出かけて行く。
あの楽しい所には、露店はあるはずもなく、ただただ道が続いていた。
あきらめて引き返す。

ある日ウィンドウ越しに、幼児が乗って遊ぶ小さな車を見つけた。今度はそれが楽しくて、それを見に出かけた。わくわく。てくてく道を歩く。ピカピカしている車を、ひとしきり見たら、来た道を引き返す。
迷子にならないようにね。ちゃんと帰らなきゃあ。

当時住んでいた、川の上辺りのお家は二階建てで、広いお庭があった。花壇があってお花が咲き、お庭の隅にトイレ。正面の大きい入り口を入ると、すぐ左に自転車置き場。右に回ると台所。上がって左に居間。奥は寝室。居間の大きな襖を開けると、正面の大きな入口に続く。襖と反対側にある階段を上がると、2階にはふた部屋。2階の部屋にはいつも、近所の人が集まっていた。
大きなステレオがあって、皆んなでレコードを聴いていた。
私はお気に入りのジャケットを、いつまでも眺めていた。

お風呂はなかった。なので、家族でかも橋のちょっと下の銭湯に行っていた。かも橋の直ぐ側には、お店が何件かあった。銭湯の帰りにそこで、ラムネを買ってもらった。アイスのケース。その上には、プラスティックの刀が吊り下げされていた。チャンバラごっこをするのだ。
欲しいなあ、でも、チャンバラごっこの相手がいないなあ、そんな事を考えながら、ラムネを飲んでいた。

猫のたまは、母に可愛がられていた。近所にもお友達がいるようだった。ある日真夜中に近所の猫と喧嘩をしたらしく、それ以後歩けなくなった。暫くして、うちからたまは居なくなった。仁淀川に行ったらしい。たまの眠る仁淀川は、ちょっと特別に思えた。
私はまだ、一人では仁淀川には行けなかった。

夏には近所の人達と、お弁当を持って仁淀川に遊びに出かけた。水着を着て泳ぐのだ。清流仁淀川は美しい水が流れ、たっぷりと楽しい時間を過ごせた。

私は大きめの石の上に座っていた。皆んなを見ていた。楽しそうに遊んでいる。水のかかった石はつるつると滑る。いつか私は水中で、息ができなくなっていた。身体が沈んでいく。意識ははっきりしていた。
目の前に川の底から渦巻きが現れた。ああ、巻き込まれる。お母さん。もっと皆んなと遊びたかったな。皆んな大好きだよ。お家に帰りたいよ。と思ったら、渦の中から、河童が出てきた。

おまえ、死にたいか?

河童さんは、私に聞いた。

死にたくない。帰りたい。お母さんの所に帰りたい。

そうか。

河童さんは、ぽ〜ん、と、私を投げた。

気が付くと私は川原に居た。皆んなと支度をして帰路についていた。
それ以来、また行きたいと言っても、仁淀川には連れて行ってもらえなかった。

いかだ羊羹のCM河童御立派しばてん踊り)。

暫く、河童さん大好き、私のアイドルだった。


小学生の頃には、かも橋から真っ直ぐ降りた、坂の下の辺りに引っ越していた。祖父母が住んでいたお家だ。
行動範囲も広がって、仁淀川で遊ぶ様になった。大国様にも、行きたい時に行ける。神社の池のベンチで、好きなだけ座っていられた。

自転車に乗る様になってから、仁淀川の堤防を、遠くまで行ける様になった。

ある日自転車で、堤防を走った。川の流れに沿って突き当りまで走ると、道は左に小さくカーブして輪を描くように右に回り、細い道を降りた。その先に沈下橋があった。左右を流れる川を全身で受け止めながら、沈下橋を渡って小さな坂を左に上がった。そのまま道沿いに走ると、右側に水が流れてきた。水の流れに合わせて自転車を走らせた。水の流れるところ。この先に何かある。

どれくらい走ったのだろう?
道は大通りに突き当たった。大通りは右から左へ、車が走っている。車の向こう側には行けそうにない。
その奥のコンクリートの壁の向こうが光っている。光はキラキラと空に溶けて行く。薄い水色のキラキラは、私を飲み込むように、大きく包み込んでいった。


海だ


そこは、太平洋だった。
左に行くと桂浜。お母さんに連れて行ってもらった。貝殻の綺麗な浜。右に行くと母の実家のある辺りに行ける。

キラキラと光るその光を暫く眺めて、私は、ドキドキワクワクしながら引き返した。今来た道を、流れる水を左に見ながら、引き返して行った。どんどん自転車を漕いだ。いつしか雪が降っていた。
沈下橋にたどり着いた。
降り出した雪は、沈下橋や細い道を白く塗っていく。川は左から右へと流れている。
私は注意深く、沈下橋を渡った。自転車の線が、雪を消して細長くできていく。私の自転車の走った跡を残していく。沈下橋を渡り切って、細い道を抜けて左回りに回り堤防に上がった。

ドキドキワクワクしている。

町の堤防を家の方に向かって走り出した。珍しい雪が降っている。私の肩に白く積もっている。
堤防が白くなって行く。雪は辺りを白く染め上げて行く。

前方右側に雪を沢山積もらせた、銅像が立っている。私はさっき見たキラキラする海にドキドキしたまま、引き込まれる様に、その銅像の元に自転車を止めて、その顔を見上げた。銅像の細い眼はさっきの海の方をじっとみつめていた。わたしはその目に見入った。あの海のキラキラが、そらのキラキラが、この銅像の瞳に映っている。この人も、あの海を見ているのだろうか。ずっとここで。

おんちゃん何しゆうでえ。こんな所に晒し者にされて。おんちゃん何やったがでえ。



銅像は身体中に雪を積もらせて、真白くなっていく。見上げると細い瞳を深くして、あの大通りの先のキラキラを見ている。
海のキラキラが瞳に染み込み、その細く窄めた瞳を深くキラキラ輝かせている。
懐に入れた手は暖をとっているのだろうか?何かを握っているのだろうか。袴姿に足元はブーツ。ブーツなら寒くないのかな。ひとしきり話しかけて、返事は還ってこなかった。ただじっと、遠くを見つめる目の奥に、何かを沢山持っている。母に連れて行ったもらった、桂浜に、同じ銅像が立っている。あちらのはもっと、大きいな。それにこんなに近くに行けない。


日が暮れてきた。霜焼けにならないうちに、帰らなくちゃあ。体が冷える。

おんちゃん、ありがとう。また、来るきに。
風邪ひかんとってよ。



私は自転車を走らせた。お家に帰ろう。お母さんが待っている。夕御飯を一緒に食べなくちゃあ。

無事に帰宅した私は、一目散にコタツに潜り込んだ。寒い日もコタツの中はあったかい。
身体が痺れる様に、じんじんと暖まって行った。
悠々とした、爽やかな気分だった。
新しいことに満たされていた。

その日の事は口にしなかった。そこに住んでいる人達には、そこに住んで居る人達にしかわからない事がある。
深く秘めた硬い気持ちがあるのだ。

私は、夕御飯を家族と食べて、いつもの夜を過ごして、次の日には学校に行った。いつもと同じ毎日。でも、何処かワクワクしていた。





参加させていただきます。よろしくお願い致します。


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8/13 ゼロの紙さんから、講評をいただきました。


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