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従来の財政・金融政策は間違っていた!!


1.IS-LM分析:従来の財政・金融政策の理論的基盤

https://ja.wikibooks.org/wiki/IS-LM%E5%88%86%E6%9E%90

マクロ経済学の標準的なテキストには必ず記述されているIS・LMモデル(Hicks, 1937)にも重大な理論的欠陥が存在する。

本当は垂直なIS曲線:クラウディング・アウトは発生しない

IS曲線は、財市場の均衡点における国民所得と利子率の組合せとして描かれる。そして、投資は利子率の減少関数(利子率が下がると投資が増加し、逆に利子率が上がると投資が減少する)と仮定することにより、投資と貯蓄の均衡点で実現される国民所得も利子率の減少関数となる。従って、縦軸に利子率、横軸に国民所得を置くグラフ上、IS曲線は右下がりになる。

しかし、金利とは、金融資産が一会計期間中に生み出すキャッシュ・フローをいう。より具体的には、金利とは、個別の債務者の信用リスク(破綻の確率とコスト)の評価に応じた、債務者から債権者である銀行に対する資本(または所得)の移転である。言い換えれば、金利とは、債務者の信用リスク評価に応じた固定的かつ最優先的な「資本の移転」の一種といえる。

SNAの勘定体系上、金利は、損益取引(収益・費用)を記録・表示する「国内総生産勘定」ではなく、所得(または資本)の移転等の資本移転取引(income/capital transfer among the public)として「所得支出勘定」の「財産所得」という勘定科目で記録・表示される。また、「国内総生産勘定」における総需要やGDPと「所得支出勘定」の「財産所得」との間には、直接的な勘定連絡は存在しない。従って、政策金利を操作する金融政策によって、「国内総生産勘定」の総需要やGDPに対して直接的な影響を与えることはできない。

従って、現実のIS曲線は右下がりではなく、利子率の水準と投資や国民所得とは無差別(無関係)である以上、垂直となる。

また、政府の国債発行とこれを財源とする財政支出、すなわち財政赤字は「銀行システムの金融資産(投融資)」の増加を意味するので、会計恒等式「銀行システムの金融資産(投融資)の変動≡マネーストックの変動」に従い、同額で「マネーストック」を増加させる。従って、民間の資金需給への影響、そして金利への影響を通じた「クラウディング・アウト」は発生しない。

LM曲線は存在しない

結論から言えば、(銀行との取引を除く)金利の変動、資金需給(流動性選好:売上債権・仕入債務の決済=取引需要、金融資産の売買取引の決済=投機的需要)の変動は、マネーストックに影響を与えない。

従来、マクロ経済学においては、新しい古典派、ニュー・ケインジアンを問わず、金融(貨幣)市場における需要・供給モデルの基本的枠組みの中で金融に関する議論がなされてきた。そこでは、①ミクロの経済主体の総和である代表的個人による資金需要、②マネーストックの発行主体である中央銀行及び預金金融機関(銀行)[1]による裁量的な資金供給、そして③資金需給の均衡「価格」としての金利と均衡「数量」としてのマネーストックが決定されると想定されている。

ケインジアンのLM曲線は、貨幣市場における貨幣需要L (Liquidity preference)と貨幣供給M (Money supply)を均衡させる所得と利子率の組み合わせとして描かれる。

LM曲線は、貨幣も商品取引を媒介する商品の1つと捉える商品貨幣説を前提としている。なぜなら、貨幣需要(流動性選好)Lと商品需要とを同一視すると同時に、貨幣供給Mと商品供給とを同一視するからである。そこでは、財市場の商品需要と商品供給の均衡点で価格と数量が決定され、貨幣市場の貨幣需要Lと貨幣供給Mの均衡点で金利(価格)とマネーサプライ(数量)が決定されるとのアナロジーが用いられている。

しかし、本来、流動性選好LもマネーサプライMも、マクロ会計におけるバランスシート上のストック概念である。一方、財市場は、SNAの勘定体系上、総需要・総供給、GDP、消費、投資等のフロー変数(1会計期間中の取引高)から構成される国内総生産勘定に相当する。従って、財市場(=国内総生産勘定)におけるフロー概念である商品需要(=総需要)と商品供給(=総供給)との均衡というアナロジーを、バランスシート上のストック概念である流動性選好LやマネーサプライMに適用したことにそもそも無理がある。

例えば、商品取引に関する事業会社間の売上債権/仕入債務の決済=取引需要、金融資産の売買取引の決済=投機的需要といった場面でもマネー(流動性/マネーストック)は流動性選好として必要とされるが、それによって社会全体のマネーストックや利子率に影響を与えることはない。

社会全体のバランスシート上でマネーストックに影響を与えるのは、あくまでも会計恒等式「[借方]銀行システムの金融資産(投融資)の変動≡[貸方]マネーストックの変動(ΔM)」であって、金融緩和や引締め(政策金利やマネタリーベースの操作)がマネーストックに直接的な効果を及ぼすことはあり得ない。


[1] 厳密には、いわゆるコイン(硬貨流通高)を発行する政府を含むべきだが、相対的な金額的重要性に乏しいことから、ここでは除外している。

2.ケインズの投資乗数理論

公共投資は一国経済全体の資本(国富)を増加させる。但し、投資の乗数効果は存在しない。

マクロ会計学上、投資の一般理論として、会計恒等式⑦が得られる。

恒等式⑦ 投資の変動(ΔI)≡ 投資による国民所得の変動(ΔYi)≡貯蓄の変動(ΔS)

そして、恒等式⑦は恒等式⑦-1及び⑦-2に分解できる。

恒等式⑦-1 [借方]投資による国民所得の変動(ΔYi)≡[貸方]貯蓄の変動(ΔS)
恒等式⑦-2 [借方]投資(純固定資本形成)の変動(ΔI')≡[貸方]貯蓄の変動(ΔS)

「投資」乗数は存在しない

まず、恒等式⑦-1「投資による国民所得の変動(ΔY)≡貯蓄の変動(ΔS)」から解釈できるのは、追加的な「投資(純固定資本形成)の増加(ΔI')」によって発生する限界的な「国民所得の増加(ΔYi)」は、これと同額で「貯蓄の増加(ΔS)」をもたらすという点である。この場合、社会全体としては一切「消費支出(ΔC=0)」はなされていない。

従って、投資による国民所得の増加(ΔYi)の場合、その限界的な国民所得の増加(ΔYi)に対する限界貯蓄性向(s)は常に1で一定(s=1)となる一方、限界消費性向(c)は一切消費がなされていない以上0で一定(c=0)となる。

特に「限界消費性向(c: Marginal Propensity to Consume)」というパラメータは、「1/(1-c)」を乗数とするケインジアンの理論的基礎ともいえる概念である(Keynes, pp.69-71)。しかし、マクロ会計における上記恒等式⑦-1によれば、追加的な投資支出の場合、限界消費性向c=0、従って、ケインジアンの乗数「1/(1-c)」は常に1となり、本来、1を超えるべき乗数としての意味をなさない。

投資貯蓄恒等定理

次に、恒等式⑦-2「投資(純固定資本形成)の変動(ΔI')≡貯蓄の変動(ΔS)」の意味するところは、借入(Debt Finance)による投資の場合または貯蓄(≒資本)(Equity Finance)による投資の場合のいずれかを問わず、投資(ΔI':純固定資本形成)の変動額と同額で貯蓄(ΔS)が変動するという、厳密な複式簿記における会計恒等式(Accounting Identity)のロジックである。

本稿では、恒等式⑦-2「投資(純固定資本形成)の変動(ΔI')≡貯蓄の変動(ΔS)」から導かれる命題「投資(I')自体がそれと同額の貯蓄(S≒資本蓄積ΔK)を生み出す(Investment creates its own saving)」を「投資貯蓄恒等定理」と呼ぶこととしたい。

投資(I')自体がそれと同額の貯蓄(S≒資本蓄積ΔK)を生み出す
“Investment creates its own saving”

従来の経済学、すなわち古典派(新古典派)、ケインジアン、あるいは現代マクロ経済学(RBC/DSGEモデル)のいずれにおいても、暗黙の仮定(tacit postulate)として「貯蓄(S)→投資(I)」という一方向の因果関係が理論的前提とされていた。なぜなら、商品貨幣説と同様、投資家の手許に「貯蓄(S)」、すなわち実物資産(金地金/兌換券)としてのマネーがなければ、これを使用して「投資(I)」を行うことはできないと考えられてきたからである。

しかし、信用貨幣説において銀行貸付によって無から有のマネーストックが生み出されるのと同様、仮に投資時に投資家の手許に「貯蓄(S)」がなくとも、投資家は借入(Debt Finance)による投資を行うことは可能である。その場合、投資貯蓄恒等定理に従い、社会全体で見れば「投資(I')自体がそれと同額の貯蓄(S≒資本蓄積ΔK)を生み出す」のである。

従って、閉鎖経済においては、従来の「貯蓄(S)→投資(I)」という一方向の因果関係だけでなく、マクロ会計恒等式として「投資(I)≡貯蓄(S)」という双方向の再帰的(reflexive)関係が常に必ず成立する。

一般的には、ケインズの②式「S=Y-C」に従い、倹約により消費(C)を減らさなければ、貯蓄(S)は増加しないという直感的な推論が働くのは人間の本性ともいえる。例えば、戦時中の標語としても有名な「欲しがりません、勝つまでは」「ぜいたくは敵だ」といった倹約を勧め、貯蓄増加による供給側(supply side)の生産力の増加を図ろうとする政策も実際に行われたのも事実である。また、戦後日本の高度成長の要因分析としても、勤勉な国民性に加え、高い貯蓄率(平均貯蓄性向:APS)が挙げられることが多い。

しかし、基本的な恒等式である国民所得(Y)≡消費(C)+貯蓄(S)に従えば、仮に倹約により消費(ΔC)を削減したとしても、それと同額で国民所得(ΔY)が減少することから、社会全体として見れば貯蓄(S)自体は不変である。なぜなら消費(ΔC)を削減すれば、それと同額(ΔC)で総需要が減少し、消費財の売手(供給側)の国民所得(Y)もΔC分、減少するからである。従って、国民所得(Y)≡消費(C)+貯蓄(S)との恒等式が、国民所得(Y−ΔC)≡消費(C−ΔC)+貯蓄(S)と縮小・変形されるだけであり、貯蓄(S)自体は不変である。

論理的に考えれば自明のことであるのに、人間の思考の枠を狭める旧来のパラダイムの恐ろしい点である。

3.マクロ会計学に基づく財政・金融政策

財政政策

金融政策


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