第0章 社会会計における複式簿記の基礎
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第0章 社会会計における複式簿記の基礎

桜内文城

0-1. 複式簿記に基づく社会会計

複式簿記とは、一つの経済的取引・事象を①財源の調達(貸方)と②財源の使途(借方)という二つの面から記録する方法を意味する。T型勘定の場合、その二つの面を右側の貸方(credit)と左側の借方(debit)で表現する。このとき、左右の右か左かには特に意味はないが、貸方(credit)は資源(資金)の調達源泉(source of funds)、借方(debit)は資源(資金)の使用形態(use of funds)を示すという意味合いがある。

複式簿記は、今から500年以上前、中世イタリアの貿易商の取引記録として用いられ、後に広く世界中に普及するに至ったものである。その成り立ちからもわかるように、当時、一回ごとの航海をプロジェクトとして見立て、全ての取引を複式簿記(Double entry book-keeping)で仕訳帳(Journal)に記録した上で、それを総勘定元帳(General Ledger)に転記(posting)し、その各勘定残高(Balance)を試算表(Trial Balance)に再転記することにより、貸借対照表(B/S: Balance Sheet)と損益計算書(I/S: Income Statement)を作成し、そのプロジェクトで得られた利益と残余財産の金額を確定したのである。

上記のように、複式簿記の仕訳を用いて企業の貸借対照表と損益計算書を作成することにより一会計期間中の利益と期末の財産残高の金額を測定する領域を企業会計と呼ぶ。しかし、複式簿記の対象範囲は企業会計に留まるものではない。政府や地方公共団体を一つの会計主体として見立て、複式簿記を用いて貸借対照表等の財務書類を作成する領域を公会計(Public Sector Accounting)と呼ぶ。同様に、一国経済全体、例えば日本経済を一つの会計主体として見立て、複式簿記を用いて貸借対照表等の財務書類を作成する領域を社会会計(Social Accounting)と呼ぶ。

社会会計によるマクロ経済活動に関する財務情報は、具体的には、国連が採択する国民経済計算体系(SNA: System of National Accounts、以下、略称で「SNA」という)と呼ばれる国際基準に基づいて作成・公表されている。実際のところ、一国経済における全ての取引・事象を政府が把握できる訳ではないが、一国経済を一つの会計主体とみなして、法人企業統計(財務省)や産業連関表(総務省)といった基礎統計を基に推計した金額を複式簿記で貸借記入することにより、一国経済全体の貸借対照表勘定、損益計算書に相当する国内総生産勘定、純資産変動計算書に相当する国民可処分所得・使用勘定(所得支出勘定)及び資本・金融勘定等を作成することができるのである。

0-2. ストックとフロー

例えば、一国経済全体で流通するマネーの総量は、「マネーストック」と呼ばれる。ストックとは、ある一時点における「残高」を意味する。貸借対照表は英語で「バランスシート(Balance Sheet)」というが、ここでいう「バランス(Balance)」とは、貸借対照表の構成要素である資産、負債、そして純資産のある一時点(通常は期末)での「残高」を意味する。

他方、損益計算書の構成要素である収益と費用といった一期間中の「取引高」は、フローと呼ばれる。例えば、収益の一例として売上10万円、費用の一例として旅費交通費5万円といった場合、それはあくまでも一期間中のフローの「取引高」としての売上10万円、旅費交通費5万円であって、それらは期末時点での「残高」、すなわちストックではないことに留意する必要がある。

純資産変動計算書と資金収支計算書も、基本的には純資産の変動や資金収支という一期間中のフローの「取引高」を表示する財務諸表である。ただ、期首の「残高」に一期間中のフローの「取引高」を加減して期末の「残高」が計算される構造となっている。従って、その期末「残高」が貸借対照表にも転記されて表示されるという意味では、期首と期末のストック「残高」も表示する財務諸表といえる。

【純資産変動計算書】
純資産の期首残高(ストック)±純資産の期中変動(フロー)=純資産の期末残高(ストック)
【資金収支計算書】
資金の期首残高(ストック)±資金の期中変動(フロー)=資金の期末残高(ストック)

0-3. 会計恒等式(accounting identities)と残高調整項目(balancing items)

企業会計においては、一つひとつの取引または会計事象が発生する都度、借方(左側)と貸方(右側)の金額が一致する複式仕訳(Double entry)を仕訳帳(Journal)に記録し、その記録を総勘定元帳(General Ledger)に転記(posting)することにより、ストック(資産・負債・資本)の残高(Balance)を表示する貸借対照表(B/S; Balance Sheet)と、フロー(収益・費用)の取引高を表示する損益計算書(I/S: Income Statement)を作成する。

会計学上、常に必ず成立する恒等式として、「会計恒等式(accounting identity)」というものがある。典型例とされるのは、ストックを表示する貸借対照表上、常に必ず成立する以下の会計恒等式である。

資産≡負債+[BI]資本

会計恒等式において、常に左辺(借方)残高と右辺(貸方)残高を均衡させる資本や当期純利益といった勘定科目を残高調整項目(Balancing Items)という。本稿においては、原則として残高調整項目の勘定科目名の頭に[BI]と表記する。一つひとつの取引または会計事象が発生する都度、フロー(収益・費用)の取引額やストック(資産・負債)の残高が変動し、それと同時に、資本や当期純利益といった残高調整項目(balancing items)も借方(左側)と貸方(右側)の金額を常に必ず一致させつつ変動し、会計恒等式が常に必ず成立する複式仕訳が発生するのである。

特に、フロー及びストックの結節点として、貸借対照表(ストック)上の「利益剰余金(Retained Earnings)」を構成要素の一つとする「資本(Equity)」と損益計算書(フロー)上の構成要素「当期純利益」に関する以下の恒等式が存在する。

資産(期末)≡負債(期末)+[BI]資本(期末)
[BI]当期純利益≡収益-費用

このとき、[BI]資本(期末)と[BI]当期純利益との間でも下記の恒等式が成立する。

[BI]資本(期末)≡[BI]資本(期首)+[BI]当期純利益

従って、ストック及びフローの全ての勘定科目は、複式簿記による会計処理を行う中、それぞれの勘定科目の金額の変動が相互に再帰的(reflexive)な影響を与えつつ、常に必ず恒等式を維持しているのである。

0-4. SNAにおける会計恒等式

実は、複式簿記により一国経済全体のストック(資産・負債・資本[国富])とフロー(国内総生産を構成する消費や投資、国民所得、貯蓄等)を記録するSNAにおいても、企業会計と同様の会計恒等式が成立する。

国連等の「System of National Accounts 2008」においても、ある制度部門(セクター)で記録する企業会計と同等の「垂直的複式簿記(vertical double-entry)」において、「資産(assets)=負債(liabilities)+資本(国富)(net worth)」という基礎的な恒等式(fundamental identity)が成立する旨が記されている(UN et al., 2009, p.50)。[1]

資産(期末)≡負債(期末)+[BI]資本(期末)
資産(期末)≡負債(期末)+[BI]資本(期首)+[BI]貯蓄(純)(𝑆)

SNA上の会計恒等式においては、常に左辺(借方)残高と右辺(貸方)残高を均衡させる残高調整項目(Balancing Items)[2]として、GDP、国民所得、貯蓄、貯蓄投資差額、そして資本(国富)といった勘定科目が存在する。一つひとつの取引または会計事象が発生する都度、フロー(国内総生産を構成する消費や投資等)の取引額や一国経済全体のストック(資産・負債)の残高であるマクロ経済変数が変動し、それと同時に、国民所得Y、貯蓄S(=資本蓄積ΔK)、貯蓄投資差額(=資金過不足)、資本K(国富)といったSNA上の残高調整項目(balancing items)も借方(左側)と貸方(右側)の金額を常に必ず一致させつつ変動し、会計恒等式が常に必ず成立する複式仕訳が発生するのである。

一国経済全体の「資本(K)」は、正味資産(Net Worth)または国富(National Wealth)とも呼ばれる。「資本(K)」は、ストックの残高調整項目(balancing items)としてのマクロ経済変数の一つである。他方、企業会計上の当期純利益に相当する貯蓄(S)は、フローの残高調整項目(balancing items)としてのマクロ経済変数の一つである。そして、SNAの所得支出勘定で恒等式「貯蓄(S)≡国民所得(Y)-最終消費支出(C)」が成立すると同時に、資本勘定で恒等式「貯蓄(S)≡資本蓄積(ΔK)」もまた成立する。従って、SNA上、資本勘定こそ、フローである貯蓄(S)をストックである資本(K)に変換する結節点といえる。


[1] 「System of National Accounts 2008」によれば、同一の取引・事象について相手方となる他の制度部門(セクター)において、SNA上、上記「垂直的複式簿記」と貸借を逆転させた「水平的複式簿記(horizontal double-entry)」が同時に成立することから、SNAにおける簿記は「四式簿記(Quadruple-entry bookkeeping)」とも名付けられている(UN et al., 2009, pp.49-50)。
[2] SNAにおける会計恒等式(Accounting Identity)の重要な構成要素(elements)は、貸借一致を常に必ず確保するための残高調整項目(balancing items)である。フロー勘定では、GDP(Value added/domestic product)、国民所得(Disposable income)、貯蓄(Saving)、資金過不足(Net lending/net borrowing)等、そしてストック勘定では資本(国富)(Net worth)が残高調整項目(balancing items)とされる(UN et al., 2009, p.49)。

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桜内文城
1965年10月生まれ 愛媛県立宇和島東高校卒 東京大学法学部卒 米・ハーバード大学大学院卒(修士) マレーシア・マラヤ大学大学院卒(博士) 1988年 大蔵省(現財務省) 2002年 新潟大学准教授 2010年 参議院議員 2012年 衆議院議員 2014年 公認会計士・税理士