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貯蓄を決定するのは、投資と経常収支である!!

1.従来の通説「貯蓄を決定するのは消費である」は間違っている!!

ケインズ「一般理論」以降、現代マクロ経済学のRBC(Real Business Cycle)モデルやDSGE(Dynamic Stochastic General Equilibrium)モデルも含め、経済学者は下記方程式に基づき「貯蓄を決定するのは消費である」との仮定を当然のこととして受け入れてきた。

$${Y=C+I}$$ ①式
$${S=Y-C}$$ ②式

①式の意味するところは、一国経済全体で見れば、買主の消費支出と投資支出(C+I)は、消費財と資本財の売主の所得(Y)に等しいということである。

他方、②式の意味するところは、一国経済全体の所得(Y)から消費支出(C)に充てられた残余が貯蓄(S)となるという、一見すると当然の理である。

そもそも経済成長とは何か。経済成長とは、より具体的には1年間当たりのGDPの増加を意味する。そして、社会会計においてGDPとは、一国経済全体で1年間に生産された付加価値(企業会計で言えば、売上総利益または粗利)の総額を意味する(③式参照)。

$${GDP=総需要(売上高)-中間投入(売上原価)}$$ ③式

そして、国連の定めるSNA (System of National Accounts)によれば、国民所得(Y)とは、GDPから固定資本減耗(Dep. 減価償却費)を控除した金額に等しい(④式参照)。

$${国民所得(Y)=GDP-固定資本減耗(Dep.)}$$ ④式

ここで再び②式$${S=Y-C}$$に戻ると、貯蓄(S)は、国民所得(Y)から民間及び政府の最終消費支出(C)を控除した残額を意味することがわかる。そして、一国経済全体を対象とする社会会計の観点からは、貯蓄(S)とは、発生主義会計(accrual basis of accounting)に基づき、一国経済全体で1年間に増加する資本(企業会計で言えば当期純利益)を意味することとなる。

社会会計上、一国経済全体の資本のことを「国富」と呼ぶ。従って、マクロ経済政策の目的は、一国経済全体の資本(国富)を増加させること、すなわち資本蓄積と言い換えることも可能である。

ケインズ「一般理論」第7章もそうだが、従来、「投資支出(I)の原資(財源)は貯蓄(S)でなければならない」と考えられてきた。ファイナンス理論的に言えば、株式発行を財源とするエクイティ・ファイナンスである。そして、冒頭にも記した通り、同様の構造方程式が現代マクロ経済学のRBCモデル、DSGEモデルにもしっかりと組み込まれている。逆に言えば、借金を財源とする投資、言い換えればデット・ファイナンスによる投資が現代マクロ経済学のモデル(構造方程式)には組み込まれていない。その問題点については、稿を改めて論ずる。

そこで、やや不本意ではあるが「投資支出(I)の原資(財源)は貯蓄(S)でなければならない」と考える場合、[目的]である経済成長のエンジンとなる投資支出(I)を増やすためには、[手段]として原資(財源)である貯蓄(S)を増やさなければならないこととなる。どうすれば貯蓄(S)を増やすことができるのか。ここで再び②式$${S=Y-C}$$に着目すると、「ピコーン!! そうだ、消費を減らせばいいじゃん!!」ということになる。これこそが「貯蓄を決定するのは消費である」という考え方といえる。

古くは第二次大戦中の標語である「贅沢は敵だ」「欲しがりません、勝つまでは」に象徴されるように、消費を減らして貯蓄を増やし、軍事費に充てようとした。

現代マクロ経済学のRBCモデル、DSGEモデルにおいても、(a) 当期における消費と余暇から得られる効用と、(b) 当期の消費を諦めて翌期の消費のために貯蓄することから得られる効用との間で、異時点間の効用最大化を達成する当期の消費(C)が計算される。他方、国民所得(Y)は消費(C)とは無関係に資本と労働投下による生産関数から計算され、その結果、
②式$${貯蓄(S)=国民所得(Y)-消費(C)}$$
として貯蓄(S)が決定される。その意味においては、現代マクロ経済学も「貯蓄を決定するのは消費である」という考え方に立脚しているといえる。

しかし、彼らは皆、①式$${Y=C+I}$$を忘れてしまっている。①式で買主の消費支出(C)を減らす場合、当たり前だが売主の所得(Y)も同額で減少する。そして、これを②式$${S=Y-C}$$に代入してみれば、貯蓄(S)には全く影響しないことがわかる。

2.貯蓄を決定するのは投資と経常収支である!!

国連の定めるSNA (System of National Accounts)によれば、複式簿記による以下の会計恒等式が成立する。

$${GDP=C+I+G+CAB}$$ ⑤式

C: 消費(民間最終消費支出)、I: 投資、G: 政府最終消費支出、CAB: 経常収支(Current Account Balance)

国民所得(Y)と固定資本減耗(Dep. 減価償却費)を③式に組み込むと、

$${Y=GDP-Dep.=C+(I-Dep.)+G+CAB}$$
$${Y=C+I'+G+CAB}$$ ⑥式

I': 純投資(=投資-固定資本減耗)

ここで、貯蓄(S)を決定する⑦式が得られる。

$${S=Y-(C+G)=I'+CAB}$$
$${S=I'+CAB}$$ ⑦式

⑦式が意味するのは、あくまでも「貯蓄を決定するのは投資と経常収支である」ということである。そして、⑦式から明らかなように、貯蓄(S)の決定要因として、民間最終消費支出(C)も政府最終消費支出(G)も一切無関係である。

⑦式$${S=I'+CAB}$$の右辺の「I'」を左辺に移項すると⑧式が得られる。

$${S-I'=CAB}$$ ⑧式

$${[S-I']}$$は「純貸付(+)/純借入(-)」と呼ばれる。内閣府のSNAでは2002年以前には「貯蓄投資差額」とされていた。会計恒等式として、経常収支と常に必ず一致する。

3.現金主義的な「財政収支」を組み込むと会計恒等式が成り立たなくなる!!

現在の財政学は、基本的に会計上の「現金主義」(cash basis of accounting)によって理論が構築されている。財政法上も収入・支出(2条1項)というキャッシュフローのみを「測定の焦点(measurement focus)」とする。

しかし、SNAが基盤とするのはあらゆる資産・負債、そして資本の増減を認識・測定する「発生主義」(accrual basis of accounting)である。特に貯蓄(S)は、発生主義に基づく社会会計上、一国経済全体で1会計期間中の資本(国富)の増加額を表示する最重要の勘定科目である。

多くのマクロ経済学者は「現金主義」と「発生主義」の計算構造の違いを無視して、本来、発生主義的な会計恒等式である⑧式$${S-I'=CAB}$$に現金主義的な財政収支$${[G-T]}$$を無理やり組み込もうとする。なお、$${S^P-I'^P}$$は発生主義的な民間部門の貯蓄投資差額を意味している。

$${S^P-I'^P=[G-T]+CAB}$$ ⑨式

和文の論文だけでも、現金主義と発生主義を混在させた⑨式が登場するものは数多く存在する。例えば、「貯蓄、投資及び経常収支:主要7か国の1965-84年に関する実証研究」フィリップ p. ターナー(日本銀行金融研究、第5巻第3号、1986年7月)「日本の企業貯蓄とISバランス」祝迫得夫、(一橋大学経済研究、Vol.68,No.3,July 2017)を参照されたい。

現金主義的な財政収支$${[G-T]}$$と、発生主義的な政府の貯蓄投資差額[$${I'^G-S^G}$$]とは必ずしも一致しない。このことを無視して⑨式を用いる理論及び実証研究は無意味なものとなる。

4.経済学の「常識」を疑え!!

本稿の主張は、主に2点である。

1.従来の通説「貯蓄を決定するのは消費である」は間違っている。あくまでも「貯蓄を決定するのは投資と経常収支である」。

2.現金主義と発生主義を混在させた⑨式$${S^P-I'^P=[G-T]+CAB}$$は間違っている。あくまでも発生主義に基づく⑧式$${S-I'=CAB}$$で議論すべきである。



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