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第1章 マネーとは何か?

日本経済は、今なお「失われた30年」にわたる「長期停滞(secular stagnation)」の中にある。未だ出口は見えない。

日銀は、1999年2月から数えて20年以上、ゼロ金利政策を継続しているが、その間、国内投資の縮小は止まらず、GDPも国民所得(Y)も停滞した。その後、2013年4月からは異次元緩和と称する量的緩和政策(QE: Quantitative Easing)によってマネタリーベースの規模を対GDP100%程度にまで急拡大したが、マネーストックの伸びは低水準で推移した他、デフレからの脱却も完全なものとはなっていない。

2008年の世界金融危機を経験した後、主要国の中央銀行は「非伝統的金融政策」の実施に踏み切った。しかし、「伝統的」か「非伝統的」を問わず、金融政策の中身とその効果を検証するためには、「マネーの本質」を理解した上で、「マネーストックの増減要因」と「政策金利(利子率)の操作による他のマクロ経済変数への波及経路」をブラックボックスの中から取り出すことによって、そのメカニズムを明らかにしなければならない。

一国経済全体で流通するマネーの総量が「マネーストック」と呼ばれるように、マネーとは貸借対照表上のストック変数である。従って、「マネーストックの増減要因」と「政策金利(利子率)の操作による他のマクロ経済変数への波及経路」のメカニズムを明らかにするためには、複式簿記のロジックに基づく会計的フレームワークに依拠することが必要不可欠である。
そこで以下では、「マネーの3視点」として、資産としてのマネー、負債としてのマネー、そして純資産としてのマネーという3つの視点からマネーの本質を解き明かしていく。

1-1. 資産としてのマネー

商品貨幣説

アダム・スミス以来、従来の経済学においては、交換を媒介する商品の一つとしての金属貨幣、つまり資産としてのマネーという貨幣観が支配的だった。これは商品貨幣(commodity money)説と呼ばれる。19世紀に黄金時代を迎えた金本位制も、金貨または金地金という資産を銀行券発行の上限とするという意味で、資産としてのマネーという貨幣観に基づくものであった。以下、その後2世紀半にわたって人々の認識を拘束してきたスミスの貨幣観を引用する。

「彼自身の勤労による特定の生産物だけでなく、それと組織的な労働の生産物との交換を拒否する人などまずいないと予想されるある商品の一定量を、つねに手許に保持しておくという方法である。おそらく、さまざまな商品が、次から次へとこの目的のために思いつかれ、利用されたことだろう。」

(スミス、pp.37-38)

「だが、抗し難い理由から、最終的にはどの国でも、他のいかなる商品にもましてこの用途には金属の選択が望ましい、と決められたようである。」

(スミス、p.38)

「貨幣はこのようにして、あらゆる文明国で商業の普遍的な道具──あらゆる財の売買、つまり相互の交換を媒介する道具──になったのである。」

(スミス、p.44)

スミスの生きていた時代にイングランド銀行は金本位制を確立していった。中央銀行が保有する金地金の価値を限度として兌換券を発行する金本位制は、金や銀といった貴金属こそがマネーの本質であるという地金主義(bullionist)の考え方に基づくものだった。スミスに続き古典派経済学を確立したリカードが地金主義の代表的な論者とされる。

地金主義に関しては、19世紀前半のイギリスで「通貨論争」と呼ばれる大論争があった。当時、唯一の発券銀行とされたイングランド銀行による銀行券の発行上限について、これを金地金の価値に結びつける地金主義(後に通貨主義: Currency Principle とも呼ばれた)の考え方と、市場で取引される財・サービスを裏付けとして振出される商業手形を割引く際に信用供与(貸出)として銀行券を発行する限り、インフレは生じないとする銀行主義(Banking Principle)の考え方とが対立し、政界を巻き込む大論争となった。結果として地金主義者が論争に勝利したことから、1844年8月のピール条例の制定によって、イングランド銀行は発券部と銀行部に分割された上で、発券部の保有する金地金の価値を基礎として銀行券の発行上限が定められた。

地金主義は、戦争や内乱で私人間の債権債務関係が法的に強制できない状況の中では、それこそペーパー・マネーは文字通り紙屑になるという人類の経験から生まれた考え方である。しかし、地金主義の場合、経済活動に必要とされるマネーの総量が中央銀行の保有する金地金や銀地金の価値を上限とするため、インフレを防止することはできても、周期的に深刻なデフレ恐慌に陥る傾向があった。金本位制の下でイングランド銀行の経営陣も手探りで中央銀行としての業務運営の知識と経験を積み重ねていったが、1929年の大恐慌後、地金主義に基づく金本位制は、理論的にも実務的にも正統性を失っていった。最終的に、1971年8月15日、ニクソン・ショックにより地金主義は完全に放棄され、それ以降、世界はペーパー・マネーと電子データを中心とする管理通貨制度に移行している。

マネーの3要件

伝統的に、経済学におけるマネーの3要件というものがある。

  1. 取引の決済手段(means of payment)

  2. 価値の保蔵手段(store of value)

  3. 計算単位(unit of account)

商品貨幣説は、このうち交換を媒介する「取引の決済手段(means of payment)」としての機能に着目する。その上で、政府及び中央銀行が裁量的に貨幣供給を行う一方、取引量に応じて貨幣需要(transaction demand for money)も変動すると考える。商品貨幣説の特徴は、以下の「定型化された事実(stylized facts set)」として記述できる。

商品貨幣説の「定型化された事実」

1.     貨幣の本質(貨幣観)
・貨幣は、金にペッグされた「商品(資産)」の1つと考える。従って、有限かつ希少な資源であり、金と同等の実体的な価値を有する。
・貨幣の3要件(決済手段、価値保存、計算単位)のうち、商品貨幣説の場合、資産の計算単位(unit of account)としての安定性は確保できない。例えば、金本位制時代、金貨または兌換券の額面価値と、これに対応すべき重量の金地金の価値との間には常に乖離が生じていた。また、資産の計算単位(unit of account)としての不安定性は、現代の暗号資産(ビットコイン等)の大幅な価格変動からも容易に想像がつくだろう。

2.     経済モデル
・商品貨幣説は、新古典派の生産市場における商品(財・サービス)の需要・供給モデルと整合的である。貨幣も商品取引を媒介する商品の1つとして位置付けられることによって、商品の場合と同様、匿名の市場参加者の間での需要と供給の均衡点で価格(金利)と数量(マネーサプライ)が決定されると考える。

3.     金利
・金利は、資金需要と資金供給の均衡「価格」として決定されると考える。例えば、低金利にすれば資金需要が増加して景気を刺激することになる一方、高金利で金融を引き締めると資金需要が減少し、インフレを抑制するものと考えられてきた。
・資産価格は、利子率(割引率)の変化によって、貨幣を含む複数の資産の間で相対価格が常に変動し、それに伴い、それぞれの資産に対する需要も変動する(tobin, (1969))。

4.     財政政策
・国債発行残高は、将来世代への負担の先送りである。従って、将来世代への負担の先送りを避けるため、緊縮財政を目指すべきこととされる。
・財政赤字が拡大する場合、有限な資源(リスクマネー)が国債発行によって政府に吸い上げられる結果、民間の資金需給が逼迫し、金利が上昇する。金利上昇によって、民間企業の資金調達を困難にする「クラウディング・アウト」が発生する。従って、「クラウディング・アウト」を避けるため、プライマリー・バランスの黒字化等、緊縮財政が必要とされる。

5.     金融政策
・従来、総供給に対して総需要が不足すると考えられる場合、政策金利を引き下げることにより、資金を借り入れる事業会社や個人事業主の金利負担を抑え、総需要を拡大させて景気を刺激しようとした。これとは逆に、総需要が総供給を上回り、景気が加熱してインフレ気味になった場合には、政策金利を引き上げて総需要を抑制することによりインフレを沈静化させようとした。
・これらはいずれも中央銀行が決定する政策金利が貨幣(資本・債券)市場における均衡「価格」であると考えた上で、貨幣需要(流動性選好)と総需要とを同一視し、また貨幣供給と総供給とを同一視したことに起因する。
・方程式「マネーストック=信用乗数×マネタリーベース」に従ってマネーストック残高が変動すると想定されている。しかし、そのような信用乗数の安定的な関係が存在しないことは、重回帰分析を実施するまでもなく、図表1を見れば一目瞭然である。

6.     一般物価
・一般物価は、商品と貨幣量(商品の1つとしての金)との相対価格と考える。従って、「M・V=P・T」という貨幣数量説が成立し、貨幣の流通速度(V)と取引量(T)が安定的であれば、貨幣量(M)と一般物価(P)は比例的に変動すると考えられてきた。

しかし、金本位制または金為替本位制の場合、金という物理的な存在量に上限のある希少資源をマネー発行の裏付けとしていたため、経済成長や資本蓄積に対してマネー供給が追いつかず、周期的に信用収縮によるデフレや金融危機に陥るという本質的な欠陥を内包していた。その結果、1971年8月15日のニクソン・ショック以降、世界は、マネーと金との繋がりを断ち切った管理通貨制度に移行した。従って、今や資産としてのマネーという商品貨幣説に囚われていてはならない。

1-2. 銀行の負債としてのマネー

信用貨幣説

商品貨幣(commodity money)説に対して、現代の管理通貨制度の下、全てのマネーは資産との関係を断ち切られた不換貨幣(fiat money)に移行したといえる。そして、不換貨幣(fiat money)については、複式簿記のロジックに基づき、マネーは以下のように定義できる。

マネーの定義「マネーとは、日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する『負債』(債務の記録)である」。

ここで「日銀と銀行から成る金融システム」を一体のものとして考えるとすれば、具体的には、マネーとは、日銀と銀行の連結財務諸表、とりわけ連結貸借対照表上の『負債』(債務の記録)を意味する。

これを「信用貨幣説(credit theory of money)」と呼ぶ。我々がマネーと思っているものは、実は、紙幣(日銀券)や預金通帳(預金通貨)のように、単に紙に数字が書いてあるだけである。これを「万年筆マネー」とも呼ぶ(Tobin, (1963))。最近のインターネット・バンキングであれば万年筆マネーですらない。単なるコンピュータ上の電子データでしかない。

では、そのような万年筆マネーや電子データには何が記録されているのか。それは「日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する『負債』」という「債務の記録」としての文言と数字、すなわち「情報」である。英語で「債務の記録」文書である債務証書のことを「IOU」と呼ぶ。英語「I owe you」と発音が同じだからである。従って、マネーの本質は、「日銀と銀行から成る金融システムの外部(事業会社・個人・政府等)に対する負債」、具体的には日銀と銀行の連結貸借対照表上の負債としての「債務の記録」という一点にある。そして、「債務の記録」には次の4点の記載がある。なお、②債権者の名称は、小切手の持参人払いと同様、銀行券の場合は省略されるのが通例である。

  1. 債務者(日銀または銀行)の名称

  2. 預金通貨の場合は債権者(預金者)の名称

  3. 通貨単位(円建)

  4. 金額

マネーを保有する側から見ればマネーは金融資産(債権)であるが、逆にマネーを発行する日銀または銀行の立場からすれば、マネーである日銀券も預金通貨も貸借対照表上の負債であり、また端的に言えば「債務の記録」としての「情報」である。従って、複式簿記の仕訳によって、マネーの総量をとその増減を複式簿記の仕訳で1円単位で測定することができる。

マネーストック

マネーの定義「マネーとは、日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する『負債』(債務の記録)である」に従い、世の中で流通するマネーの総量は、経済学及び金融実務の上で「マネーストック」という概念として確立されている。簡単に言えば、マネーストックとは、「日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する負債」を意味する。実際には、マネーストックは、①預金の範囲の広狭(要求払預金に加えて、定期預金等の準通貨を含むか否か)、②対象とする預金取扱機関の広狭(一般銀行に加えて、ゆうちょ銀行、農協・漁協等を含むか否か)によって、M1、M2、M3の三種類に分類されている。なお、このうちM2については、M1及びM3とは異なり、銀行(預金取扱金融機関)の対象範囲としてゆうちょ銀行、農協・漁協等が除外されているので、統計としての意味を失っていることから、ここでは取り扱わない。

M1 = 日銀券発行高+硬貨流通高+預金通貨
(預金通貨の発行者は、ゆうちょ銀行、農協・漁協等を含む全預金取扱機関)

M3 = 日銀券発行高+硬貨流通高+預金通貨+準通貨+CD
(預金通貨、準通貨、CDの発行者は、ゆうちょ銀行、農協・漁協等を含む全預金取扱機関)

【参考】
預金通貨=要求払預金(当座、普通、貯蓄、通知、別段、納税準備)-対象金融機関保有小切手・手形
準通貨=定期預金+据置貯金+定期積金+外貨預金
CD=譲渡性預金(Certificate of Deposit)

マネーストックの増減メカニズム

日銀と銀行の純資産、すなわち資本の部の金額が一定の場合、損益計算書上、収益も費用も発生していない状態を意味する。そのとき、日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する資産・負債、具体的には、日銀と銀行の連結貸借対照表上の金融資産(投融資)と負債(マネーストック)の関係として、下記の恒等式が成立する。

[借方]銀行の金融資産(投融資)の変動≡[貸方]マネーストック変動(ΔM)

また、ここでは「無コスト」という点にも着目していただきたい。というのも、マネーストックの内訳で最も金額的に大きいのは預金通貨である。銀行が預金通貨を増加させる複式仕訳には以下の2種類がある。

  1. [借方]貸付金xxx/[貸方]預金xxx

  2. [借方]支払利息xxx/[貸方]預金xxx

このうち、2.の[借方]支払利息は銀行にとってのコスト(費用)であるから、それと同額で銀行の資本(利益剰余金)が減少する。従って、銀行が「無コスト」でマネーストックを増加させることができるのは、1.のように「日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する『資産』(投融資)を増やすこと」しかあり得ない。そして、銀行が1.のように「無コスト」で預金通貨を発行できるのは、マネーの定義でも示した通り、マネーとは日銀と銀行から成る金融システムの「債務の記録」としての「情報」だからである。銀行はその会計帳簿(仕訳帳及び総勘定元帳)に1.の複式仕訳を入力するだけで預金通貨を発行できる。

従って、マネーの第一定理は、この世に存在し、流通するマネーの総量、すなわちマネーストックを無コストで増やすただ一つの方法を明らかにする。

マネーの第一定理「マネーストックを無コストで増やす唯一の方法は、日銀と銀行から成る金融システムの外部に対する『資産』(投融資)を増やすことである」。

マネーストック増加の上限

信用貨幣説による恒等式「[借方]銀行の金融資産(投融資)の変動≡[貸方]マネーストック変動(ΔM)」の解釈は、商品貨幣説における「匿名の市場参加者から構成される金融市場(金融勘定)においてマネーの需要と供給を均衡させる金額(量)と金利(価格)を見出す」といった解釈とは全く異なる。

上記恒等式の左辺「銀行の金融資産(投融資)の変動」は、銀行による「審査及び監視(screening and monitoring)」を経て金額が決定される。具体的には、債権者である銀行が個別の債務者の信用リスク(破綻の確率とコスト)を評価した上で、回収可能な金額とリスクに応じた貸出金利を個別に決定する。そして、銀行による「審査及び監視」に要するコストは、そのコストを回収するリターンが約束されていないという意味で、埋没コスト(sunk cost)となる。従って、あらゆる信用供給の場面において、債権者である銀行が個別の債務者に対する「審査及び監視」の埋没コストを負担しつつ「銀行の金融資産(投融資)の変動」の金額を決定する以上、恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストック変動(ΔM)」の両辺が無限に拡大することはあり得ない。

これに加えて、外部的な規制として「バーゼル3」等による自己資本比率規制が存在する。そのため、想定される損失を吸収するバッファーとしての自己資本の水準に応じた範囲内でしか、銀行は恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストック変動(ΔM)」の両辺を拡大することはできないのである。

マネーストックへの信任を喪失させる不良債権問題

マネーの定義における「銀行の負債としてのマネー」のみが、経済学におけるマネーの3要件のうち、「計算単位(unit of account)」としての安定性を満たすことができる。その安定性とは、預金通貨が要求払預金であって、いつでも負債の「計算単位」、具体的に日本国内では円建の預金残高までのマネーが引出し可能であることを意味する。

しかし、銀行の保有する金融資産(投融資)が不良債権化した場合には、その会計処理として貸倒引当金繰入額または貸倒損失を計上し、その分、銀行の金融資産(投融資)残高を減少させなければならない。その結果、銀行システムの恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストック変動(ΔM)」がもはや成立しなくなり、更に銀行が円建の「計算単位」で預金残高までのマネーの引出しに対応できなくなれば、円建の「計算単位」でのマネーストック(M)への信認が失われ、取り付け騒ぎ等のパニックや銀行システム全体の金融危機が発生する。

信用貨幣説の「定型化された事実」

1.     貨幣の本質(貨幣観)
・マネーストックは、中央銀行を含む「銀行システムの負債」として定義される。従って、複式簿記に基づく恒等式恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストックの変動」が常に必ず成立する。
・恒等式の右辺「マネーストックの変動」の決定要因は、あくまでも左辺「銀行の金融資産(投融資)の変動」である。逆に言えば、「マネーストックの変動」は金利水準ともマネタリーベースとも無関係である。
・マネーストックの大半を占める預金通貨は、貨幣の3要件(決済手段、価値保存、計算単位)の全てを満たす。預金通貨は、特に負債の計算単位(unit of account for debt)としての安定性に優れている。

2.     経済モデル
・国連の採択によるSNA(国民経済計算体系)は、全て複式簿記で記録・表示される。従って、全てのマクロ経済変数は、勘定連絡を通じて必ず貸借一致する恒等式の関係にある。恒等式を成立させる残高調整項目(balancing items)として、GDP、国民所得、貯蓄、貯蓄投資差額、資本(国富)が挙げられる。
・金融勘定における恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストック変動(ΔM)」は常に必ず成立する。銀行による「審査及び監視」を経て、あくまでも債権者である銀行が個別の債務者の信用リスク(破綻の確率とコスト)を評価した上で、将来回収可能な信用供与金額とリスクに応じた金利を個別に決定する。

3.     金利
・金利は、SNAの勘定体系上、損益取引(収益・費用)を記録・表示する「国内総生産勘定」ではなく、所得(または資本)の移転等の資本取引(income/capital transfer among the public)として「所得支出勘定」の「財産所得」という勘定科目で記録・表示される。「国内総生産勘定」における総需要やGDPと「所得支出勘定」の「財産所得」との間には、直接的な勘定連絡は存在しない。従って、政策金利を操作する金融政策によって、「国内総生産勘定」の総需要やGDPに対して直接的な影響を与えることはできない。
・金利とは、個別の債務者の信用リスク(破綻の確率とコスト)の評価に応じた、債務者から債権者である銀行に対する資本(または所得)の移転である。言い換えれば、金利とは、債務者の信用リスク評価に応じた固定的かつ最優先的な「資本の配当」の一種といえる。
・金利は、資産価格を決定する割引率として機能する。

4.     財政政策
・中央銀行が国債を購入することを「貨幣化(monetization)」、「財政ファイナンス(monetary finance)」と呼ぶ。我が国の場合、政府の負債である国債が、日銀の(無利子の)負債である日銀当座預金に変換されることを意味する。統合政府(政府・日銀)内部での債権・債務は相殺可能であるから、政府は日銀に対して元利償還を行う必要はなくなる(仮に元利償還しても経済に影響を与えない)。
・政府の国債発行とこれを財源とする財政支出は「銀行の金融資産(投融資)」の増加を意味するので、恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストックの変動」に従い、同額で「マネーストック」を増加させる。従って、民間の資金需給への影響、そして金利への影響を通じた「クラウディング・アウト」は発生しない。

5.     金融政策
・政策金利を操作したとしても、所得支出勘定で記録・表示される金利(財産所得)と、国内総生産勘定で記録・表示される総需要やGDPとの間に直接的な勘定連絡が存在しない以上、政策金利の変動によって、総需要、GDP、そして国民所得に直接的な影響を与えることはできない。
・日本の場合、量的金融緩和政策で日銀は大量に国債を購入し、マネタリー・ベース(日銀の負債総額)は大幅に膨らんだものの、市中で流通するマネーストックの残高はほとんど増加しなかった。その理由は、①マネーストックの増加は、複式簿記から導かれる恒等式「銀行の金融資産(投融資)の変動≡マネーストックの変動」に従い、そして、②民間銀行の保有国債が日銀当座預金に振替えられたケースが大半だったので、民間銀行の負債であるマネーストックにはほとんど影響を与えることができなかった点にある。
・日銀当座預金の増減要因は、①銀行券要因、②財政等要因及び③日銀による金融調節の三つに限定される。現在、日銀当座預金に付利があるが、付利の有無や高低にかかわらず、民間銀行の側から日銀当座預金の残高総額に影響を与えることは不可能である。

6.     一般物価
・一般物価は、国内総生産勘定における財・サービスの総需要と総供給の均衡点で決定される。従って、金融勘定の貸方に計上されるマネーストックが一般物価に影響を与えることは、長期的な可能性は否定できないが、短期的にはあり得ない。ましてやリフレ派が主張するように、マネタリーベースが一般物価に関連することはあり得ない。
・また、所得支出勘定における「財産所得」として記録・表示される金利は、国内総生産勘定との直接的な勘定連絡を有しない。従って、政策金利を操作する金融政策によって、国内総生産勘定における総需要やGDPといった経路を経て一般物価に対する影響を与えることは不可能である。

1-3. 政府の資本としてのマネー

マネーの第二定理は、政府とマネーとの関係を明らかにする。財政・金融政策としては禁断の奥の手ともいえる「信用創造」機能を政府は有している。

マネーの第二定理「政府は硬貨を製造した上で、政府自らの『資本』として日銀に対してこれを発行することによりマネー化(monetize)すると共に、シニョリッジ(貨幣発行益)を享受することができる」。

以下、これを説明する。政府の発行する硬貨と日銀の発行する日銀券は、共に「現金通貨」としてマネーストックの一部を構成する。政府の硬貨を発行する権限は、「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」において規定されている。同法は、硬貨のことを「貨幣」と称した上で、「貨幣の製造及び発行の権能は、政府に属する」(同法第4条第1項)と定めると共に、政府が発行する6種類の硬貨(同法第5条第1項:500円、100円、50円、10円、5円及び1円)とオリンピック等の記念硬貨の3種類(同法第5条第2項:1万円、5千円及び千円)を定めている。

具体的な硬貨の発行・流通のプロセスは以下の通りである。造幣局が鋳造した硬貨を財務省が日銀に対して硬貨の額面金額で発行する。日銀は硬貨の額面金額を日銀の貸借対照表上の資産「現金」として計上すると共に、これと同額を負債である「政府預金(貨幣回収準備資金)」として計上する。その後、日銀は金融機関の硬貨の需要に応じて、金融機関の保有する日銀当座預金を取崩してこれと同額の硬貨を金融機関に対して交付するのである。

シニョリッジ(貨幣発行益)

政府は、このような硬貨の発行を通じてシニョリッジと呼ばれる貨幣発行益を手にすることができる。実際に発生するシニョリッジ(貨幣発行益)の金額は、政府の日銀に対する貨幣発行額から、財務省が造幣局に支払う貨幣製造費を控除した金額である。これらは毎年度の一般会計決算書を見れば1円単位でわかる。例えば、2016年度一般会計決算書によれば、貨幣発行額199,570,550,000円(約1,996億円)から貨幣製造費14,774,292,000円(約148億円)を控除した金額184,796,258,000円(約1,848億円)が具体的なシニョリッジ(貨幣発行益)の金額である。

硬貨は摩耗したり損壊したりした場合、日銀が回収し、財務省を通じて造幣局に戻して再鋳造することとされているが、一旦、政府が発行した硬貨は回収・償還の義務がないものであるから、本来、政府の貸借対照表上、純資産(資本)として計上すべきである。従って、本来、会計的には、「政府は硬貨を製造した上で、政府自らの『資本』として日銀に対してこれを発行することによりマネー化(monetize)すると共に、シニョリッジ(貨幣発行益)を享受することができる」のである。

思考実験:シニョリッジを活用する財政政策

では、実際、シニョリッジ(貨幣発行益)をフル活用することによって無税国家を実現したり、公債発行を停止して歳入を確保したりすることは可能なのだろうか。確かに「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第5条を改正すれば、例えば額面50兆円の一枚の硬貨(政府貨幣)を発行することによって、少なくとも一般会計予算の歳入として公債発行は不要になる。一つの思考実験ではあるが、その場合のマネーストック残高への波及経路は次のようになる。

①政府が額面50兆円の一枚の硬貨(政府貨幣)を発行し、日銀がこれを引き受けることによって、日銀は政府による硬貨の発行金額50兆円を日銀の貸借対照表上の資産「現金」として増額すると共に、これと同額で負債である「政府預金(貨幣回収準備資金)」を50兆円増額する。また、政府の貸借対照表上、資産(借方)の政府預金と資本(貸方)のシニョリッジ(貨幣発行益)が貸借両建てで50兆円増加する。

②政府による財政政策の執行に伴い、政府(一般会計及び特別会計)から「通貨保有主体」である「一般法人、個人、地方公共団体・地方公営企業」に対して歳出がなされる。具体的には、政府が日銀に保有する政府預金を取崩(または政府小切手を発行)して、「通貨保有主体」である「一般法人、個人、地方公共団体・地方公営企業」が銀行に保有する預金口座に振込を行い、最終的には日銀の貸借対照表上の負債(貸方)側にある政府預金から銀行保有の日銀当座預金への振替がなされることによって決済される。

50兆円全額が政府の歳出として支払われた段階において、銀行システムの貸借対照表上、いずれも負債の資産の日銀当座預金と預金通貨が同額で50兆円ずつ増加する。また、日銀の貸借対照表上、負債(貸方)側にある政府預金から日銀当座預金に50兆円が振替えられる。結局のところ、シニョリッジ(貨幣発行益)50兆円を活用する財政政策を実施することによって、市中にマネーストック(預金通貨)50兆円分を強制的に注入する効果が生ずるのである。

③重要なのは、政府の貸借対照表の動きである。政府による歳出の内容が、(1) 資産計上できる公共投資(資本的支出)に該当するか、あるいは(2)公務員人件費や社会保障関係費等の消費(収益的支出)に該当するか、そのいずれかによって政府の貸借対照表上の資本(貸方)として計上されるシニョリッジ(貨幣発行益)の残高も異なってくる。例えば、(1)公共投資(資本的支出)が30兆円、(2)消費(収益的支出)が20兆円であれば、資本(貸方)であるシニョリッジ(貨幣発行益)の残高は(1)公共投資と同額の30兆円となる。要するに、政府の歳出内容が(1)公共投資(資本的支出)の場合、これと同額の資本(シニョリッジ)残高となるが、歳出内容が(2) 公務員人件費や社会保障関係費等の消費(収益的支出)に充当される場合、それと同額の資本(シニョリッジ)が取崩されることになる。

公会計においては、政府が保有する「資産」として認められるためには、(a)将来的な利回り(リターン)として政府に対するキャッシュの流入が見込まれる「将来の経済的便益(future economic benefits)」または(b)政府以外の経済主体に対するキャッシュの流入の増加あるいはキャッシュの流出の減少が見込まれる「サービス提供能力(service potential)」のいずれかの性質を有することが求められる。

従って、シニョリッジ(貨幣発行益)を活用する財政政策を実施する場合、市中にマネーストック(預金通貨)を強制的に注入する効果が発生する以上、政府の歳出内容は(1)できるだけ公共投資を多くすると共に、政府が取得する「資産」は、(a)「将来の経済的便益(future economic benefits)」または(b)「サービス提供能力(service potential)」のいずれかを備えておく必要がある。逆に言えば、(2)公務員人件費や社会保障関係費等の消費(収益的支出)はできる限り抑制しなければならない。さもなければ、マネーストック(預金通貨)の増加に見合うだけの「資本化(capitalization)」、具体的には政府保有「資産」の増加がないこととなり、その場合、貨幣価値の低下、すなわちインフレは避けられない。

統合政府(政府・日銀)の連結貸借対照表

政府は、日銀の資本金1億円の55%を保有している(日本銀行法第8条)。従って、会計上、日銀は政府の連結子会社に該当する。財政学上、政府と日銀を一つの会計主体として見立てた連結財務諸表を「統合政府」と呼ぶ。

統合政府の連結貸借対照表上(2021年12月末時点)、日銀が保有する国債521兆1,195億円は連結消去仕訳で消えてなくなり、その代わりにマネタリーベースである日銀券121兆9,637億円と日銀当座預金543兆417億円が統合政府の負債として計上される。要するに、利払いと償還の義務を伴う国債521兆1,195億円が、統合政府の貸借対照表上は、利払いと償還の義務のないマネタリーベースとしての日銀券121兆9,637億円と日銀当座預金543兆417億円に変換されているのである。[1]

これを政府の側から見れば、政府の貸借対照表上の負債であった国債発行残高990兆3,066億円のうち521兆1,195億円(52.6%)が、統合政府の貸借対照表上は、利払いと償還の義務のないマネタリーベースに変換され、「貨幣化(monetization)」されたものといえる。

しかし、一部の極端な論者が言うようにこれで「既に財政再建が完了した」訳ではない。先述の通り、資本(シニョリッジ)を財源とする政府の歳出内容が(1)公共投資(資本的支出)の場合、これと同額で政府の資本残高も増加するが、歳出内容が(2)消費(収益的支出)の場合、それと同額で政府の資本残高も減少することになるからである。確かに一国経済全体で見れば、政府の消費支出はそれと同額でGDPを押し上げ、その結果、国民所得、そして民間貯蓄を増加させるので、政府の資本残高の減少と相殺され、国全体の資本(国富)残高自体は変化しない。しかし、資本(シニョリッジ)を財源とする政府支出の場合、資本(シニョリッジ)と同額がマネーストックに変換されて市中に供給される。その一方で、政府の資本の増加が見られなければ、円建のマネーストックの購買力(貨幣価値)は相対的に低下することとなる。従って、政府支出のうち、消費(収益的支出)に支出された金額は政府の資本残高を取り崩す結果となる以上、統合政府の貸借対照表上、政府部門の財政再建が達成されたと評価することはできない。


[1] この点、金利上昇局面に至った場合、これに応じて日銀当座預金への付利も引き上げなければならず、その金利コストの増加によって日銀が債務超過に陥ることを懸念する向きもある。しかし、先にも述べた通り、日銀当座預金の残高を減らすことができる手段は、銀行券要因と財政等要因を除き、日銀の意思決定による金融調節(資金吸収オペ)しか存在しない。従って、金利上昇局面にあっても、日銀当座預金の残高を維持するために日銀当座預金への付利を引き上げる必要性はないことに留意すべきである。

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