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スパイダーマン:ファーフロムホーム感想&レビュー「信じる基準って何?」

最近だいぶさぼっていた映画レビューを自分のペースで再開させようと思います。

本日紹介するのは現在公開中の「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」

ネタバレが入っていますので、これから見る方は見ないようにしてください(笑)

また、私がスパイダーマンを見て感じた問いを中心にレビューを書いているので主観が入りまくりですがあしからず。

○予告編

○あらすじ

”ホーム”であるニューヨークを離れ、舞台はヨーロッパへ。ピーター(トム・ホランド)は親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)やMJ(ゼンザイヤ)たちと2週間の夏休み旅行へ出かける。そこでピーターの前に突如現れるのがS.H.I.E.L.Dの長官ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)だ。「出番だぞ。私と共にたたかう覚悟はあるか?」とピーターに告げるが...(Filmarksより引用)

○レビュー

前提として、「アベンジャーズ・エンドゲーム」の続編となっている今作。あの指パッチン事件(「アベンジャーズ・インフィニティ・ウォー」)で5年死んでいたピーターと他のクラスメイトとの年齢差問題は、前作の主要キャラもピーター同様死んでいた設定で事なきを得ます。指パッチンで消えてない人達はピーター達より5歳年をとっているため、下級生が同級生になり恋のライバルになったりと普通ではありえない面白い展開になっています。

今作では、夏休み中に大好きなMJに近づきたいと年相応の高校生として苦悩するピーターの姿が垣間見れてほっこりします。その一方で、トニーの形見であり、「次のアイアンマンへ」というメッセージ付きのサングラスを託され、ヒーローとしての責任の重さに揺れ動きます。

そんな中、新キャラとして登場するのが「ミステリオ」というキャラクター。

トニー(アイアンマン)に若干似ている彼。ヒーローと高校生の間で揺れるピーターには、「次のアイアンマン」は自分ではなく、「彼」なのではないかと思い、サングラスをミステリオに渡してしまいます。

これを渡したことが、ピーターの最大の失敗につながり、苦悩の末、ミステリオと戦うことを決意します。

その過程の中で、特に印象的だったのが、人を信じすぎてしまうが故に騙されてしまうピーターの姿です。経験も浅く、いい意味で子供だからこそ大人(ミステリオ)に騙されてしまい、その結果、大きな失敗をうみ苦しむピーター。

作中で、その失敗をしたことにより、騙されずにミステリオを倒すことに成功します。

人を信じることは非常に大事ですが、時には疑うことも大事。

大事な人を守るために大人の階段を上っていくピーター。

「親愛なる隣人からスーパーヒーローへ」の過程で必要な経験を積んでいく姿に共感を覚えるかたも多いのではないでしょうか。

さて、話は少し変わり、

今回のタイトルに書いた「信じる基準って何?」という疑問。

ミステリオは技術を最大限使い、本来いるはずのない怪物を映像で映し出し、本物のようにみせかけます。それにみんなまんまと騙されていくわけです。またエンドロール後、スパイダーマンに罪を着せるよう映像を編集・駆使して、民衆をだましていきます。

ここで少しわかるのは、「信じる基準=目に見えるもの」が圧倒的におおいということ。でも、目に見えるものが真実とは限らない。じゃあ何を基準に信じればいいのか。非常に難しい問いだなと感じました。

実際、私自身も「目に見えるもの」を真っ先に信じてしまうほうです。ですが、視点を変えると、「あれ?それって正しいの?」という気づきが生まれます。この視点つい忘れがちですが、常に持っておきたい視点です。

映画の良さの一つとして、製作者側の「問い」が隠されていることだと思います。「なぜ?どうして?」と考えること。忘れないようにしたいですね。







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