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症例 現代のゲージ9

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 「生存する脳」(日本語訳)の出版が2000年のことなので,すでに20年以上が経過している。その間に脳内における神経伝達物質の研究は長足の進歩を遂げている。ダマシオが同書を執筆していた頃,その分野の研究成果はまださほど得られていない段階であるが,すでにセロトニンレセプターは発見されており,その成果をゲージ等の理解に活用しようとしている。
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 さまざまな研究の結果,セロトニンレセプターが頭前皮質腹内側部と扁桃体に集中していることが明らかとなった。霊長類におけるセロトニンの役割の一つに,攻撃行動の抑制がある。動物実験で,セロトニンを抑制するよう改変された動物は,衝動的,攻撃的に行動するようになる。セロトニンの機能を強化してやれば,攻撃性は減り,社会性が増加する。

 マイケル・ローリーの研究によれば,セロトニンレセプターが頭前葉の腹内側部や扁桃体及びその近傍の側頭葉内側に多いサルは,協力的行動,グルーミング行動,他のサルへの接近行動等の社会的行動が多く見られ,セロトニンレセプターが少ないサルは敵対的で他のサルとの関係も非協力的であるとのことである。

 フィネアス・ゲージや(仮称)エリオットなどは,前頭前野腹内側皮質に物理的なダメージを受けたことで,そうした皮質と扁桃体とで行っていた,セロトニンを介して行っていた情報伝達がうまくいかなくなり,社会生活の基盤となる推論や意思決定においても支障をきたすようになったと考えられる。

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 ここまでに取り上げてきた,脳領域と推論・意思決定プロセスとの関係について整理しておく。

 第一に,これらのシステムは,計画や意思決定に関与する,広い意味での「理性」と関係している。

 第二に,システムの一段下のシステムにおいて,「個人的,社会的」計画作成や決断に関係しており,いわゆる合理性とも関係している。

 第三に,これらのシステムは,感情の処理に重要な役割を演じている。

 第四に,これらのシステムは,目の前に存在しなくなったもののイメージを,ある一定の時間保持するのに必要なものである。

 ここまでに得られた知識をもとにダマシオは考察を深め,ソマティックマーカー仮説を着想し,それの検証を進めることになる。「生存する脳」の後半にそれについて記載されているが,出版後20年余りが経過しており,ダマシオの考え方についてのさまざまな評価も蓄積されてきている。この先は,そうしたこれまでの蓄積をもとにして考察する必要がある。
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