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【Q4.直行しない水戸直行業務】1.七月の吊橋を渡る(水郡線大田支線完全乗車)

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 週明けに、水戸まで行く仕事を指示された。交通費は普通乗車券のみで、特急料金は支給されない。往路は現地直行、帰社にかかる時間も合わせれば、ほぼ一日がかりの仕事となる。土曜日の早朝には既に旅だっていた。貧者のマイティカード、青春18きっぷの季節である。取りあえず常磐線快速に乗る。なかなかの加速度だ。


 利根川を越え、この列車の終点、取手で下車。茨城県最初の駅だ。下り列車に乗り換えようとして、間違えて土日には発着が無いホームに行ってしまう。普段全く使わない、土地勘の無い駅なので、まあこんなものだ。大したミスではない。


 水戸方面、勝田行きが入線してくる。特急の通過待ちを行い、9時31分、取手発。農地と住宅地が混在する南茨城の車窓。
 10時00分、土浦着。切り離し作業を行うために、少し停車時間がある。これより先に進むのは、僅か五輛だという。余りにも短い。逆じゃねえのか! 高崎線の籠原切り離しの際は、五輛の側が籠原止まりなのに!
 先に進む五輛の方に移動する。車輛のドアは、ここから先は押しボタン式だ。

 10時06分土浦発。
 ボックスシートに座る。対面は、巨大なスーツケースを曳いた老婆だ。向かいのボックスシートでは、中年男性の四人組が酒盛りを行っている。常磐線車内において、しばしば見られる光景だ。酔っ払いだけあって、とにかく声が大きい。
 緑成す車窓。水田とビニールハウスの比率が高いが、たまにレンコン畑らしき農地を見かけると、霞ヶ浦の沿岸に来た実感が湧く。霞ヶ浦の湖水そのものは、常磐線の車窓からは見えないようだ。
 10時53分頃、赤塚駅停車中に地震が起きる。影響で列車は遅延したものの、水戸到着までに、その遅れを取り戻す。

 10時59分、水戸着。水郡線に乗り換える。人生で初めて乗る路線だ。華やかな塗装のディーゼルカー。




 11時15分、水戸発。カーブを曲がって常磐線と分岐し、橋を渡る。橋を渡る時に視界が拓け、北西の方向に水戸芸術館のタワーが見える。特徴的な形状をしているため、遠くからでもはっきりと視認できる。
 水戸芸術館のこの特徴的なタワーは、大衆的な人気が非常に高く、かつての2ちゃんねるで専用のアスキーアートが流布されるほどであったが、それは現代建築、現代アートの一種として評価されているのか、ただ単にデカくて奇妙な形状だから面白がられているだけなのか、判別しがたい。そもそもデカいことも奇妙な形状も、この構造物の本来の属性なのだから、その両者を分けて考えることが出来るのかも、分からない。
 ただ、アートとして鑑賞するのならば、これぐらいの距離感、存在感が丁度バランスが良いのではないかと思った。
 私達を取り巻く環境には、山や川、地面といった自然物が最初に存在する。平野の地表には、第一次産業である農業によって形成された景観である水田が広がる。その上に、工業インフラである鉄塔が並び、また住宅地が生える。それらの景観に加筆された点景として、前衛芸術が車窓の奥に現れる。そこには近代芸術に有りがちな尊大さや独善が無く、世界全体の中での調和、抑制された均衡美があると感じる。
 この列車はワンマンカーではない。車掌が検札を始める。普通列車で検札を受けるのは随分と久しぶりだ。オールマイティカードたる18きっぷを準備し、車窓の撮影を続ける。
 次の、常陸青柳駅に着くまでの間、水戸芸術館のタワーは、ほとんど常に車窓に存在し続けていた。

 
 北茨城に進む。
 11時32分、上菅谷着。水郡線には、水戸と郡山方面を結ぶ本線に加え、この上菅谷駅から常陸太田方面へ向かう支線が存在する。自分は、今からその支線に乗るつもりなので、下車する。今まで乗ってきた本線が先に発車するのを見送る。
 11時35分、上菅谷発。常陸太田行き。ディーゼル車輛の二両編成。カーブの多い鉄路を順調に進む。



 11時50分、終点常陸太田着。この時点をもって、水郡線太田支線を完全乗車した。駅舎は新しく、内装も外観も清潔で洗練された印象を受ける。小さな観光案内所兼土産物屋が併設されている。駅周辺に食事が出来る場所が無いか、観光客らしき女性が案内所の係員に尋ねている。幹線道路を渡った所に商業施設や蕎麦屋があるとの返答だった。
 駅前ロータリーも現代的だ。



 一二時〇〇分発のバスに乗り、常陸太田駅前を立つ。常陸太田駅の次のバス停が「川崎クリニック」というのは、何だか出来過ぎている感がある。市街地を抜け、北茨城の山地に入っていく。地形自体はそこまで峻険ではなく、また車窓には名の通った目立つ高峰なども無いが、とにかく山地がどこまでも続く。


 出発した時点で、乗客は私を含めて三人であったが、残る二人は途中で下車し、自分一人だけになってしまった。貸切状態だ。停車中に先頭の席に移動し、運転手に降車予定地を伝える。竜神峡大吊橋。到着までの間、前面展望を独占する。


 一二時四四分、竜神大吊橋着。観光客向けの休憩施設がある。一階が土産物屋、二階がレストランとなっている。とにかく腹が減っている。朝からトマトジュースとブラックコーヒーしか口にしていない。とりあえず、かけそばとグラスビールを注文する。二週間以上禁酒を継続していたが、ここでアルコール解禁だ。ごく普通の味がするが、観光地価格なのでお高い。



 レストランのテラスからは、橋の中央から飛び降りるバンジージャンプの様子が見える。待ち構えて撮影する。時折、挑戦者の絶叫が北茨城の山間にこだまする。


 チケットを買い、橋を渡る。吊り橋だが、特に揺れる訳ではない。


 上流側は、渓谷の景観美を楽しめる。下流側に見えるダムの構造物は、洋風建築のような瀟洒な外観をしている。黒部ダムと同様に、貯水側にはやはり流木が貯まっている。



 そこそこの長さだ。
 外国人観光客の姿がほとんど見られないのは、コロナ後の日本としては珍しい。
 対岸の展望台にて、一通り写真を撮る。ここから更に先に、ハイキングコースが続いているのだが、倒木のため今日は立入禁止となっている。

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