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【Q9.東京最北のバス停から東京最南のバス停まで】序.日原鍾乳洞にて

 


 青梅線の終点、奥多摩駅に着いたのは13時00分。日原方面へ向かう西東京バスの、次の発車時刻は14時11分だ。時間があるので昼飯でも喰おうと駅前を散策していると、最近出来たばかりのフードコートを発見する。奥多摩の地にフードコートとは珍しいと思って中を覗くと、営業しているのはラーメン屋一店舗のみであった。

 奥多摩清流ラーメンというのを食べる。普通に美味い。酒は澤乃井のカップ酒を一杯。青梅線沿線に来たからには、やはりこの銘柄を呑みたい。

 店内のホワイトボードには、開業祝いのメッセージやイラストが寄せ書きされている。描かれているキャラクターは……キン肉マン、ラーメンマン、ドラゴンボールの孫悟空の少年時代の姿、ドラえもん、鬼滅の刃の炭治郎だ。キン肉マンやドラゴンボールは、1980年代の、いわゆるジャンプ黄金時代を代表するマンガで、キン肉スグルも悟空も、自分の少年時代において最も慣れ親しんだ作品の主人公だ。ラーメンマンも又そうだ。
 この、ラーメンを食べている少年悟空のイラストは、最初の天下一武道会の決勝で変装した亀仙人に破れた後、大飯を喰らう時の悟空ではないかと思われる。亀仙人の賞金がその食費でほとんど無くなると言う、ドラゴンボールでもかなり最初の方の牧歌的なエピソードだ。80年代だ。ただひたすら懐かしい。 

 14時11分、バスは定刻通りに奥多摩駅前を出発。車内には運転手に加え、もう一人バス会社の制服を着た職員が乗っている。見ていると、特に車掌業務を分担するという訳でも無いようだ。そもそも、そんなに客が乗っていない。
 14時22分、大沢というバス停で、乗客が一人乗って来る。渓谷を見下ろしつつ険しい山道を進む。奥多摩の山には先週の雪が残っていて、斑に白い。山間部を走る道路の幅は狭く、バスと乗用車のすれ違いが困難となる。退避スペースが随所に設置してあり、対向車とすれ違う際は、いずれかがスペースにて待機、もしくは後退することとなる。単線のローカル鉄道と同じ仕組みだ。

 スマホの電波も次第に怪しくなってくる。14時35分、今乗っているこのバスの終点である「東日原」というバス停に着く。平日は、二つ先の「鍾乳洞」というバス停まで走っているのだが、休日・祝日はここまでしか走らないのだ。今日は祝日だ。
 バスは、今来た道を引き返し、奥多摩駅方面へ向かうために、方向転換を行わなければならない。東日原停留所には、少し広目のスペースがある。車掌が降りる。バスは後退と前進を繰り返し、切り返しを行う。その誘導のために、車掌は細かく指示を出す。この切り返し作業をアシストするために、ここまで同乗してきたのだ。
 方向転換を終えたバスは、来た方向へ去っていく。


 日原の集落を歩いて通り抜け、鍾乳洞方面へ向かう。途中、人の気配は余り無い。鍾乳洞バス停は、渓谷にかかる橋の手前にある。日原鍾乳洞本体は、このバス停から更に上流側にある。引き続き歩く。
 鍾乳洞のエリアに着く。来客用の駐車場には空きがある。土産物屋らしき商業施設は営業していない。令和時代なので、さすがにトイレは水洗便所だった。 

 高齢の男性係員から入場券を買い、渓谷に架かる橋の対岸にある入口に向かう。15時26分、日原鍾乳洞に入洞。存外に広い。流石に天然、自然のままという訳ではなく、内部には階段、手すり、照明、案内板などが適宜設置されている。

 すぐに分岐があり、左側に進むと程なく行き止まりとなる。右側の通路は長く続き、起伏と屈折を経て、大広間のような巨大空間が拓けている。

 RPGをやっていて、洞窟内に巨大なドラゴンや巨人が出現するのは理不尽だと思うことがある。洞窟などという狭い空間で、そんな生物が生息できるわけないじゃないか。どうやって身動きを取り、またどうやって闘うのだと。しかし、今いるこの地下空間ならば、中型の恐竜ぐらいなら充分に活動出来そうだ。天井も高く、冒険者とバトルを行うぐらいのスペースもありそうだ。柔道、ボクシング、プロレス、剣道、フェンシングぐらいなら、試合が成立しそうだ。
 巨大空間の最奥部は登り坂になっていて、大広間全体を見渡せる。

 歩いて行くに従い、この鍾乳洞内部の構造は、思ったより複雑なことが分かって来る。場所によっては急峻な階段があり、それなりに運動になる。また、自分が確認した限り、少なくとも二ヵ所の立体交差があり、8の字を描いている。ループ構造というほどの複雑さではないが、上ったり下りたりを繰り返しているうちに、方向感覚が狂わされる。経路が示されていないと、不安になる来訪者も居るかもしれない。足元は滑りやすく、危うい。

 洞内には、随所に様々な形状の奇岩、突出部がある。その形状から、様々な呼称が付けられているが、全く頭に入ってこない。この空間に、象徴的な意味づけは必要ないのではと感じる。
 洞窟の成立に関する自然科学的な知見、地質学に基づく解説は、有益で知識欲を満たしてくれるが、それも必須ではない。
 鍾乳洞に物語は要らない。宗教的な意味でも、娯楽的な意味でも不要だ。鍾乳洞の岩肌自体の硬度、形状、気温、湿度、美しさを、そのままダイレクトに受け止めれば良い。その点では、現代美術、体験型・参加型の芸術に近い。
 要するに自分は、何も考えずにただ歩いているだけで、この空間を充分に楽しめた。洞窟内では、カップルや若者のグループが何組か見られたが、混雑は全く無く基本的に空いていた。地下空間の異質さを、存分に味わうことが出来た。
 リレミトもテレポも現実世界には存在しないので、来た道を歩いて戻る。

 16時11分、鍾乳洞を出る。しばらく付近を探索してみる。都道を北に進んで、さらに上流側、山奥に歩いていくと、落石のため通行止めとなっていた。

 渓谷に沿った都道を、日原集落の方向まで歩いて戻る。鍾乳洞バス停まで着く。しかし私は、今から帰路に着くのではない。

 この鍾乳洞バス停こそが、本当の意味でのスタート地点なのだ。今回のクエスト「東京都最北バス停から最南バス停まで」は、この場所から開始される。

クエスト9.「東京最北のバス停から東京最南のバス停まで」の記事一覧

序.日原鍾乳洞にて
https://note.com/frozenbutterfly/n/nc76df0282a82?sub_rt=share_pw
 
1.鍾乳洞バス停から竹芝桟橋まで
https://note.com/frozenbutterfly/n/n596e220ad726?sub_rt=share_pw
 
2.竹芝桟橋から小笠原諸島・父島まで
https://note.com/frozenbutterfly/n/ne1a427d56338?sub_rt=share_pw
 
3.父島・二見港から小港海岸バス停まで
https://note.com/frozenbutterfly/n/n72f3a9dd0a39?sub_rt=share_pw
 
後記.父島の小港海岸・大村地区の商業施設
https://note.com/frozenbutterfly/n/n191238813b45?sub_rt=share_pw
 

クエスト9.「東京最北のバス停から東京最南のバス停まで」の座標情報



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