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【Q9.東京最北のバス停から東京最南のバス停まで】 1.鍾乳洞バス停から竹芝桟橋まで

 奥多摩町の「鍾乳洞」バス停は東京都最北のバス停だが、その事実は特に注記、強調されていない。渓谷を望む都道204号、日原街道の路傍に、ただ静かに佇んでいるだけだ。
 バスが来るのは平日のみ。今日は祝日なので来ない。よって今回のクエスト「東京都最北バス停から最南バス停まで」は、徒歩で開始されることとなる。
 16時40分、鍾乳洞バス停を出発。この時点を以って、クエスト開始だ。バスが運行されている平日における、このバス停の終バス時刻は16時11分なので、フライングにはならないだろうと自分自身を説得しつつ、歩き始める。日原集落に近づくにつれ、スマホの電波も入るようになる。

 山肌にも路肩にも雪が残っている。先週の大雪のものだろう。

 16時54分、日原集落に入る。上流方向に向かう、生協のトラックとすれ違う。この集落より山奥に、配達を待つ民家や商業施設があるのだろうかと思いながら見送る。集落には余り人の気配はない。16時57分、集落内にある「中日原」バス停前を通過。ここもまた、休日はバスが来ない停留所だ。
 17時03分、東日原バス停到着。休日におけるこのバス路線の終着点だ。正直、大した距離ではなかった。

 このバス停には待合室はないが、屋根付きのベンチがある。若い白人男性二人と、女性一人の三人組が待機している。旅装から判断すると、明らかに登山の帰路だと思われる。ストックを持っている。よく見ると、装備しているポーチはモンベルだ。
 三人組は英語ではなく、ドイツ語らしき言語で会話をしているが、時折その話中に「イケジリオオハシ」とか「サンケンチャヤ」といった、東急田園都市線の駅名が出てくる。その辺に宿泊しているのか、住んでいるか、ゲストハウスに長期滞在しているのか。インバウンドの客なのか、土着の外国人なのかは分からない。
 17時14分、先程目撃した生協のトラックが、山を下っていく。
 しばらくすると、バス停にはもう一人、高齢の日本人男性がやってくる。この男性もやはり、登山者と思われる恰好をしている。

 西東京バスの車輛がやって来る。切り返しを行い、奥多摩駅方面へ進行方向を変える。私を含めて5人の客を乗せ、定刻通り17時30分に発車する。


 渓谷に沿って奥多摩の山間部を走るこの路線の車窓はなかなか魅力的なのだが、既に日は暮れかけている。それでも途中までは何とか窓外の風景を視認できたが、道半ばにして何も見えなくなってしまう。そうなると、つい眠りに落ちる。

  17時56分、奥多摩駅着。駅周辺には、人の気配がほどんどない。登山やハイキングの客も、既に帰路に着いているのだろう。近隣の商業施設もほとんど閉店していて、公衆便所だけが明るい。

 改札に佇む機械にスイカをタッチし、駅構内に入る。カーブしたプラットホームを歩き回る。18時18分、奥多摩駅発。青梅行き。発車サイン音は一昔前のものだが、そうは言っても電子音であり、いわゆる「レトロ」といった感じはしない。「平成初期」「平成レトロ」ぐらいの時代感だ。
 一〇両編成、全席ロングシートの通勤型車輛だ。青梅線は、東青梅より上流側は基本的に単線であり、多摩川上流の渓谷に沿って走るローカル線の雰囲気がある一方で、やはり巨大都市東京の一部であることも感じさせる。新宿駅とも東京駅とも、一本のレールで繋がっている。

 車内は空いている。駅前の市街地から遠ざかると、車窓は暗くなり、風景はさほど楽しめない。とは言っても、終始全く何も見えないという訳でもない。青梅線沿線は、無人駅周辺にもそれなりに民家があり、駅に近づくたびにその灯火がぼんやりと車窓を明るくしてくれる。
 今乗っている車両には、私を含めて二人しか乗客が居ない。独占状態のロングシートに斜めに腰かけ、だらしなく脚を投げ出し、肘を窓にかけて車窓を眺める。何も考えずに、ただ眺める。
 18時28分、古里駅にて、対向車輛とすれ違いを行う。往路と同様だ。


 川井駅手前の急カーブからは、照明に照らされて夜の渓谷に浮かぶ巨大な橋梁が確認できる。奥多摩大橋だ。なかなかの偉容だ。
 18時47分、二俣尾駅にて、対向車輛とすれ違う。ここも往路と同様だ。
 18時57分青梅駅着。この列車の終点だ。東京行きと接続している。乗り換え時間は短く、18時58分青梅駅発。今夜は一旦、自宅に立ち寄るが、これは帰宅ではない。クエストは継続中である。


 翌朝。二月にしては異常に暖かい。昨日の奥多摩で着ていた真冬用のコートではなく、ウインドブレーカーを着て出発する。これから南に向かうことを考えれば、冬物の防寒具は邪魔な荷物になるので、丁度良い。ただ、靴は前日と同じトレッキングシューズを履いていく。
 9時36分、浜松町駅着。竹芝通りには、近隣のオフィスビルで働くスーツ姿の男女と、巨大バックパックやスーツケースを携えた旅行者とが混在している。自分もまた、バックパックを背負っている。今回のこの旅行のために、アマゾンにて新調したものだ。 
 東京湾の方向へ速足で歩く。目的地は竹芝客船ターミナル。東京都の各諸島に向かう客船が発着する港だ。東京モノレールの始発駅である浜松町は、羽田空港に通じる空の玄関口であるが、竹芝埠頭、日の出埠頭に徒歩で繋がる海の玄関口でもある。自分と同じ方向へ向かう人が存外に多い。

 首都高の高架下をくぐる。帆船のマストを模した特徴あるオブジェがやがて見えてくる。港が近づくに従い、路上には旅行者の割合が増えていくように感じる。都産貿ビルの脇を通り、ゆりかもめの高架下をくぐり、9時47分、竹芝客船ターミナル着。

 小笠原諸島の父島へ向かう貨客船「おがさわら丸」は六日ごとに、ここ竹芝から出港する。今日はその出港日なので、ターミナルは非常に賑わっている。自分もまた、これからその乗客の一人となるために、所定の手続きを即座に行う必要がある。旅行会社「ナショナルランド」の窓口はどこだろうか?

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