適地適木と微気象【前編】
前回の記事では、「評判がよい」と称される那須楮の品質基準の曖昧さについて触れました。今回は、自ら発したこの課題を明確にする上で、ヒントとなりそうな切り口について、ちょっと掘り下げて展開してみようと思います。
適地適木
林業には、適地適木(てきちてきぼく)という用語があります。
農業より土地改良が困難な林業の世界では、その土地の気象・地形・土壌など環境に合わせた樹木を植栽するすることが重要です。逆を言うと、その土地の環境にあった周囲の樹種を観察してやれば、自ずと植えるのに適した樹木が決まってくるということです。
スギはやや湿った山の裾を好み、ヒノキはスギよりは乾いた中腹を好み、さらに乾いた尾根にはアカマツが生える等といったかんじに。この例ではかなりざっくりですが、かつて私が岐阜県森林文化アカデミーの学生として学んでいた頃は、林学に詳しい林業専攻の先生や、植物や生態学に詳しい森林環境教育の先生の元で、地形や土壌そこに生える植物について観察しながら理解する実習の機会に恵まれていました。
人間の都合と自然の都合の葛藤
このように、植物マターでどんな土地が適しているかを理解してゆくと、人間マターで考えて植栽されている街路樹や公園の樹木が気の毒に思えることが多々あります。
かつて私が住んでいたことのある栃木県では、その名の通り、県の樹に指定されているトチノキが街路樹として植栽されているのをよく見かけました。
トチノキの適地は、沢近くや谷のように半日陰の湿潤した土地です。アカデミーの卒業研究のフィールドとなった森でもトチノキが植栽されていて、森をデザインする上で適地を理解しました。
アスファルトの照り返しを受けて、時期でもないのに大きな葉を落葉させていた工業団地の傍らのトチノキの姿を見ても、その当時は素通りしてしまいましたが、今なら樹の気持ちに少しは寄り添えるようになっているのかな、と感じます。
さて脇道にそれましたが、
那須楮の評判の良さは、先の記事で述べた遺伝的な品種の他、適地を探し当てることが近道といえそうです。
町内の那須楮の農地事情
令和3年度時点で、町内で楮を栽培する農家の件数は46件です。私が移住した時点で54件でしたので2年間に8件減少しています。
現存する楮畑は、数アールから十数アールほどいずれも小規模で点在しています。このように小さな楮畑を離れた場所に数カ所持っているお宅も結構あります。所有の畑が分散している他にも、借地として株ごと引き継いで、管理できなくなった人の肩代わりをしている場合もあるようです。
山がちな土地柄のため、昔から小規模な農地と林地を合わせもっている家が多かったようで、楮に依らずどんな作物でも大規模集約は難しかったのだと思われます。
楮畑の所在地は、昔から楮の栽培が盛んだった南部地域のほか、かつてはお隣福島県側へ出荷していたといわれる町の北部の八溝山麓の地区で数件が細々と営みを続けています。ある程度の件数がまとまった地域はこの2箇所だけです。
かつては町のあちこちで見られたそうですが、その他の地区では衰退して、あってもぽつんと僅かに残るのみです。実家の土地や耕作放棄地等を利用して新規で始められるという新興の方も少数ですがいらっしゃいます。
現在私が栽培を引き受けている畑は2箇所あります。また1年目に研修としてお手伝いさせていた畑は十数箇所あります。直接作業には関わっていないですが、月一度お便りを配布しに足を運んでいる保存会の会員のお宅の畑では、季節ごとにコウゾの生育をそれとなく見ることができます。また昨年度調査で実際に畑を見せていただいたのが全体数の半数の20軒ほどあります。
のべ80箇所近い数の町内各地の楮畑を見せていただいて、どんな地形のところでどんな様子で栽培しているかおおまかに把握することができました。それなりの数をみてゆくことで相対的な比較ができ、その中でも比較的良好な生育状況の場所、いわゆる適地の条件というのを、ある程度自分なりに整理・類型化できてきたように感じます。
【後編】へつづく
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