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ビリヤード場と女女、撞球と憧憬

レズだけど高校時代はタマを撞(つ)いておりました。風呂巫女です。

これからするのは大したお話じゃないんです。

当時は高校1年生。

ネットの友達に触発されて、気がつけばプレハブでできた怪しい建物のビリヤード場前。扉を開けて店長から開口一番に「学校で嫌なことあった?」と聞かれたのが始まり。

気がつけば週3でビリヤード場に通い、楽しくタマをつつき回してた。

ハスラーというビリヤードの洋画が流行ったのも今は昔。

バブルの遺物だの場末のスナックだのと自虐していたその店は、当然のことながら白髪が多く、タバコの香りがしない客の方が少ない。

けれど、そんな中私の他にもう一人制服で店に通う子が一人いた。

彼女はAとでも呼ぼう。

Aは私と同い年。あまり頭は良くなかったけど、ラインが入って締まった印象のブレザーは品が良い。

なのに、スカートは思いっきり折り曲げていて、下に穿いていたショートパンツがちらちらと顔をのぞかせている。目元はいつもきらきらしていた。正直学校で見かけたらそっと視線から外すタイプだ。

私が少しでもうまくなりたくて、一人でセンターショットやボウラードに勤しむ中、Aがまともにキューを振っているのを見たことがなかった。

カンッと気持ちよく球が鳴る中、Aのきゃっきゃっと楽しそうに話す声が聞こえる。私が疲れて自販機でジュースを飲んでだらだらしてると、「うぇーい」となれなれしく肩をつついてくる。

同い年の女の子がいるのは純粋に嬉しい。けれど、Aはいったい何しに店に来ているんだ。

というか、鞄持ってないけど学校行ってるのかな。

あんな見た目なら遊び友達くらいいそうだけど、ほとんどこの店で過ごしてない?

良くわからないけど深く聞く仲でもないからまあいいか。私の放課後はそんなふうにできていた。

ある時、店にビリヤードのプロが来た。里帰りだとかなんだとか言ってた。

「誰か一緒にやんない?」と彼が呼び掛けた瞬間、カウンターでずっと溶けているはずのAが席から立ちあがった。

チーム戦でという提案はAの強い希望で却下される。Aはいやに凝ったキュー(ビリヤードで玉を撞く棒。それなりにやってる人はだいたい自分のキューを持ってる)を棚から取り出した。

それからAとプロのエイトボールが始まった。

気持ちのいい打音が鳴れば、不思議と手玉がどこかの玉に吸い付いていく。キューの先をまっすぐに見据えるAの横顔は照明で化粧が良く見えないのに、綺麗だなと思ってしまった。

試合が終わった後、私はAに詰め寄った。「どうして全然練習してないのに上手いの?」と。

Aはきょとんとしてこう言い放った。「え、見てたら撞けるものじゃないの?」

訳が分からなかった。

店長に聞いてみたけど、彼女は確かに小学生くらいの時からビリヤードをしていたらしいけど、練習らしい練習なんてそこまでしていた記憶がないという。

どうしてこんなやつがあんなにも。

どうしてこんなのに目を奪われるの。

自問だけが並んでキュー先がブレる。

またあの「キューを握る彼女」に会いたくて、店に足しげく通う。

けれど、Aが再び台の前に立つことはなかった。

1年か2年か経つと私に彼女ができ、いつしかあのビリヤード場に行く間隔が開いていった。

それでも、行けば必ずAがいる。

自分の彼女とはいろいろできるくせに、Aとはプレイ一つすら取り合ってもらえなかった。

大学に入るとさすがに通学経路からビリヤード場は外れてしまい、もう行くことはなくなってしまった。

そして社会人になって何年か。10年ぶりくらいにキューを構える。撞いてたメンバーは皆男性だったはずなのに、ふっとファンデーションの香りが鼻をかすめた気がした。

あの子は今どうしてるんだろう。また会いたいけれど名前すら知らないんだよな。

それでも、たった一回だけ見た彼女のビリヤードグローブから覗く指が、とんでもなく白かったのだけは覚えてる

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