少し昔の話をしようか

注意:話が暗いです。人は死んでませんが暗い話なので読む時はお気をつけ下さい。

少し昔の話をしようか。どれくらい昔かと言えば、片手では足りないけど両手では余るくらいだ。
あの時の私は授業中に先生の話を聞いているフリをしながら横目で窓の外を見て「こんなくそみたいな世界、早く滅びないかな」と考えているようなやさぐれた人間だった。勿論考えただけで世界が滅びるはずもなく、次第に思考はより暗い方向に落ちていく。最終的には「どうやって死のうかな」と考え始めるのだ。
窓を開けて飛び降りてしまおうか、筆箱にあるカッターで首を切ろうか、それとも放課後まで我慢して電車に飛び込んでしまおうか。
様々な死に方が浮かんでは消えてを繰り返していく。どれも決定打に欠けて実行に移すまでにいたらず、何時も自分の死に様を想像するにとどまっていた。
毎日同じ思考の繰り返しでいい加減飽き飽きとしてきたある日、ふと「遺書を書こう」と思い立ったのだ。遺書を書いておけば良い死に方を思い付いた時にすぐに実行出来るし、自分が死んだ後のあれやこれを心配しなくて済む。
思い立ってからは早かった。書き方をしらべて便箋と封筒を買ってきて、机に向かったのだ。沢山書いたと思ったのに完成した遺書は便箋一枚におさまる程に短かった。もっと書こうかと思ったが、これ以上書くことが思い付かなくて結局一枚だけで終わった。丁寧に折り畳んで封筒の中に入れて、家の本棚にあった適当な本の適当な本に挟んで、本棚に戻した。
妙な達成感に満たされて「これで何時でも死ねるな」と思ったのは今でもはっきりと覚えている。


「そういうわけよ」
長く話して疲れたのか、彼女は欠伸を噛み殺す。
僕は手元の白い封筒と彼女とを見比べながら困惑していた。
ゲームをしようと訪れた彼女の部屋でたまたま見つけた白い封筒の表に書かれていた“遺書”の文字に驚いて、飲み物片手に戻ってきた彼女に謝ることも隠すことも出来ずに呆然としていたら、彼女が何食わぬ顔で説明してくれたのだ。
あまりにも淡々と他人事のように彼女が話すから、これは手の込んだイタズラなのではないかと疑ってしまう。
「安心して。今は死にたいとは思ってないから」
彼女はゲームの準備をしていた。ゲーム機の電源を入れ、コントローラーを手渡す彼女の表情から真意は読み取れない。
「本当?」
「本当本当。ちょっとした気の迷いってやつだよ」
へらりと笑った彼女の言葉を今は信じるしかない。僕は頷いて彼女からコントローラーを受け取ったのだった。

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