まわる、まわる

降り注ぐ日差しの強さに夏の到来を感じる。目を細めながら真正面に座る彼女に視線を向けた。肘をついた手に持ったグラスには水滴が無数に付着している。幾つか机に落ちて小さな水溜まりを作っていた。
「皆、私のこと優しいっていうけどさ」
注文した時以来に彼女は口を開いた。唐突な呟きに首を傾げながら次の言葉を待った。
「私別に優しくないよ?」
彼女は手持ち無沙汰にグラスをくるくるまわしていた。カランとグラスの中で氷がぶつかって音をたてる。勢いよく回しすぎたのか、アイスコーヒーが飛び出しそうになった。彼女は気にした様子もなくグラスを回している。
くるくる、くるくる、ずっと見ていると目が回りそうだ。
脳内では彼女の言葉が反芻していた。
「優しくないの?」
考えても彼女の考えていることが解るわけがない。数秒で思考を放棄して彼女に問いかける。
グラスを回していた手が止まった。窓の外を眺めていた彼女の視線が僕に向く。真っ黒な瞳が僕を捕らえて離さない。見つめ返していると頭がくらくらしてきそうで怖いのに、何故か視線がそらせなかった。
「優しくないよ」
「なんで?」
「だって他人がどうなろうと知ったこっちゃないって思ってるもん」
彼女は漸くアイスコーヒーを口に含んだ。顔をしかめ、側に置いてあったガムシロップを開けて回しいれた。透明な液体がアイスコーヒーに溶けていく。混ぜるのかと思いきや彼女はそのまま再び口に含んで、小さく頷いてグラスを置いた。
彼女は身を乗り出して目を細めて笑った。普段目にする穏やかな笑みとは異なった冷たさを感じさせるものだ。背筋を冷たいものが滑り落ちていく。僕は瞬きさえ忘れて彼女を見つめていた。
「全部自分のため。自分が不利益を被らないように行動してるの。一つも誰かのためになんて動いてないの」
彼女は体を元の位置に戻し、指を組んでその上に顎を乗せた。
「だから優しくなんてないの」
勘違いだよ。温度の抜けた彼女の言葉が遠くに聞こえていた。

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