閉じこめられて ~第二話~
※ 注意 ※
この小説には人が死ぬ、流血、その他残酷な表現が多く含まれています。苦手な方は読むのをお控え下さい。
大丈夫な方はどうぞ、ごゆるりとお楽しみ下さい。
「明日なんて来なければいいのに」
感情の抜け落ちた声で呟いた夕映さんに何と返事をしたのか、忘れてしまった。つい数分前のことなのに何十年も昔のやりとりに感じられたのは、置かれている状況が現実離れしているからだろう。
木製の格子がついた窓の向こうは濃い橙色に染まっていた。見渡す限り室内には物がない。あまりにも殺風景だった。
それでも正気を保っていられたのは隣で眠りこける夕映さんの存在だろう。仰向けで眠る夕映さんが穏やかな寝息をたてている。非現実的な空間で唯一現実を感じられる存在を叩き起こしたい衝動にかられた。不安なのだ。此処が何処なのか何をしたらいいのかまるで解らず、ただ待ち続けるのは不安で仕方なかった。
「早く起きて下さい」
懇願に近い呟きに答えるように夕映さんの目蓋が震えた。ゆっくりと目蓋が上がって、黒目がちな瞳が右に左に揺れる。戸惑いの色は見られない。あくまで普段と変わらない夕映さんがいて安堵した。
上体を起こした夕映さんがこちらを見て何か言いたげな顔を向けてきた。言わんとしていることは考えるまでもなく解ったが、気付かないフリをして夕映さんを見返す。視線が絡み合ったまま沈黙が流れる。打ち破ったのは夕映さんだった。緩く頭を振って夕映さんは立ち上がり、窓とは反対側にあった窓に向かって歩いていく。迷いもなく扉を開け放ち、左右を確認していた。
「行くんですか?」
「此処にいても仕方ないでしょ」
出ていこうとする後ろ姿に声をかける。首だけ振り返った夕映さんは簡単な返事をするとさっさと部屋を出ていってしまった。得体の知れない場所に取り残されるのはごめんだと慌てて後を追ったのだ。
薄暗い廊下は等間隔に襖が並んでいた。正面と左側は壁があり行き止まりだ。必然的に右側に進むことになった。夕映さんを見失う心配はなくなり安堵した。
当の夕映さんは手当たり次第に襖を開けては中を覗くのを繰り返している。後を追いながらチラリと中を見ると、最所にいた部屋と同じ構造をしていた。違うのは火のついた蝋燭の有無くらいだろうか。どの部屋もがらんとしていた。
「夕映さん」
「何?」
「何処に向かってるんですか?」
「さあね」
「えー」
「何の手がかりもないから適当にうろつくしかないんだよ」
静かな廊下に響く二人分の足音が怖くて夕映さんに話しかける。夕映さんはこちらを見ることは愚か振り返りもせず、表情が窺えない。それが無性に怖くてもう一度話しかけようとした時だった。
襖を開け放ったままの姿勢で夕映さんが動きを止めていた。部屋に何かあったのか、後ろから中を覗き見る。視界に捉えて、夕映さんが動きを止めていた理由を知った。同時に見なければよかったと後悔の念が沸き上がってきた。
目に痛いほどに鮮やかな赤に埋め尽くされていたのだ。畳の床や壁、更には天井にも散らされた赤の正体は解りきっていた。だからこそ脳が認識を拒否したのだ。
ふらふらと後退りする。心臓が激しく脈打っているのが解った。
「大丈夫、じゃなさそうだね」
振り返った夕映さんに何の返事も出来なかった。
「ちょっと待ってて」
躊躇いもなく夕映さんは部屋に足を踏み入れた。中で何をやっているのか、確認する度胸は流石になく戻ってくるのを待つしかなかった。
どれくらい経っただろう。一時間にも一日にも感じられる長くて短い待ち時間は終わりを告げた。部屋から出てきた夕映さんの手に何かが握られている。
「……鍵、ですか?」
「正解」
目の前で揺らされたのは小さな金色の鍵だった。
「……何の鍵ですか、それ」
「解れば苦労しないよ」
困ったように笑った夕映さんは鍵をポケットに突っ込み、先に進み始めた。
何時だか突き付けられた選択肢を思い出す。確か「此処に残るか着いてくるか選んで」だったか。どちらを選らんでも地獄に変わりはないと察した。ならば一人よりは夕映さんが隣にいる地獄がマシだと後者を選んだ。
今回は選択肢すら突き付けてくれないらしい。長く息を吐き出して、震える足を叱咤して次の襖に手をかけていた夕映さんに歩み寄った。
「中は絶対見ないでね」
開ける寸前に釘を刺される。こういうところは優しい。
「……引き金ですか?」
「よく覚えてたね。もう引き金引かれちゃったから、何があるか解らないし」
「はい」
大人しく返事をして顔を背けておく。音しか聞こえないのが怖いが、先程みたいに血塗れの部屋を見てダメージを受けるのは嫌だった。
「何もないね」
夕映さんの呟きが聞こえ顔を上げる。何もないと言われても見る気にはなれなくて、室内には視線を向けないように気を付けて夕映さんの後をついていった。
血塗れの部屋以降、変化はない。同じことの繰り返しで恐怖よりも飽きが強くなってきた頃、それは唐突に終わりを告げた。
正面に扉が見えたのだ。襖ではなく扉が。和風の屋敷には不釣り合いな木製の扉が突如として目の前に現れたのだ。
「何これ?」
困惑したような声色とは対照的に行動は冷静だった。ドアノブに手をかけて押したり引いたりを繰り返していた。数回目で開かないのを察するとポケットから鍵を取り出し、ドアノブの上にあった鍵穴に差し込んだ。鍵はすんなりとまわった。よし、と静かに頷いた夕映さんがドアノブを押した。耳障りな音をたてながら開いた扉の向こう側に広がっていたのは庭園だった。
四季折々の花が咲き乱れるそこは色鮮やかだが、季節感というものがない。桜の木を取り囲むようにして向日葵が咲いているのは異様だった。
そんな異様な光景の中を夕映さんは歩いていく。警戒心の欠片もなければ違和感を覚えている様子もない。さも当たり前のように花の間を縫うようにして伸びている石畳の上を歩いていく。夕映さんの後ろ姿を照らす太陽の光は濃い橙色。
その様が幻想的で綺麗で不気味で、瞬きしたら夕映さんがいなくなってしまう錯覚に陥った。
怖くて不安で駆け寄って夕映さんの腕を掴む。振り返った夕映さんの目が見開かれていて、この人にも驚きの感情はあるんだな、なんてどうでもいいいことが頭をよぎった。
「どうしたの?」
「あ、いや、その」
本音をそのまま伝えるのは恥ずかしいが、適当な言い訳が思い付かなくて口ごもる。夕映さんはじっとこちらを見つめていたが「あ」と短く言葉をこぼした後、口元を緩めた。そして掴まれていない方の手が伸びてきて頭を撫でた。
「大丈夫、置いていかないから」
そういうことではないのだが、あまりに優しい声と表情で言われるものだから反論も出来なかった。無言で頷くと駄目押しとばかりに頭をポンポンとされ、手が離れていく。
「行こうか」
「……はい」
腕を掴んだまま歩くのには抵抗があり、夕映さんが足を進め出したのと同時に離した。
歩き続けて数分、不意に拓けた場所に出た。木製の小屋がポツリと佇む様は不気味だった。
「あー……開くかな」
「そこですか?」
「これ鍵かかってたら面倒だな」
目の前に急に建物が現れたことに対する違和感は抱かないのか、という突っ込みは放棄する。いちいち突っ込んでいたらキリがなさそうだ。
夕映さんは扉に手をかけ、勢いよく横に引いた。扉は呆気なく開き「え」という夕映さんの間の抜けた声が聞こえてくる。
「どんな感じですか?」
うっかり凄惨な後継を目の当たりにしたくなくて顔を背けたまま訪ねる。
「……血塗れのがまだよかった」
「え?」
「不気味だね」
淡々とした夕映さんの言い方に不安が募る。どういうことなのか。恐怖よりも好奇心が勝り、夕映さんの背後から恐る恐る覗き込んですぐに言葉の意味を理解した。
部屋の壁や天井にも所狭しと貼り付けられたお面、そして床には足の踏み場もない程に日本人形が並べられている。不気味の一言に尽きた。
だが、血塗れよりもお面と日本人形で埋め尽くされている方がマシだと思った。夕映さんの感性に内心で首を傾げた。
どうするか、問いかけようと口を開くよりも夕映さんが部屋に足を踏み入れる方が早かった。器用に日本人形を避けながら部屋を進んでいく。
「少しは用心しませんか?」
「したところで回避出来ないしね」
「心配なんですけど」
「何か言った?」
小声すぎて本音は聞こえなかったらしい。何でもないと首を横に振る。言及されたら困る、という心配は杞憂に終わった。夕映さんは相槌さて打たずに部屋の中を見回している。一人安堵した。
夕映さんの視線が止まったのは一つの日本人形。部屋の隅っこに置かれたそれは、花が散りばめられた赤い着物を着用していた。
「……また鍵か」
夕映さんは振り返り、鍵を揺らした。先程とは異なる形をした金色の鍵だった。
「他に鍵必要な所あったっけか」
小屋から出て周囲を見回るも何もなかった。道らしい道は今しがた歩いてきたものしかない。どうするのかは考えるまでもなく解り、お陰で夕映さんにもすぐに着いていけた。
建物の中に戻ってくる。開け放たれた襖が並んでいるのは不気味だった。
「どうするんですか?」
「血塗れの部屋に戻る」
「え? 何でですか?」
「他に手がかりないから」
確かに他に思い当たる場所はない。行きますか、と問いかける間もなく夕映さんは歩いていってしまいアワテテ後を追った。
例の部屋に到着すると夕映さんは迷いなく足を踏み入れた。先程の光景が脳裏をよぎる。目に痛いくらいに鮮やかな赤の色彩がちらつく。怖かった。だがそれ以上に夕映さんの言葉が引っ掛かっていた。自分の目で確かめないと考えようもない。深呼吸をし、恐る恐る足を踏み入れた。
畳の床や壁、天井にまで飛び散った血が目に飛び込んでくる。凄惨な光景に逃げ出したくなったが堪えた。最初に見た時は血にばかり意識が向いていたが、他はどうだったのか。部屋を見回す。
構造は最初にいた部屋と同じ、つまり木製の格子がついた窓しかない。他に何もなかったのだ。
「何かあると思ったんだけどな」
顎に指をあてて夕映さんは何やら考えこんでいたが、緩く頭を振って踵を返した。
「何処行くんですか?」
「鍵の部屋探し」
「……さっきの」
夕映さんは無言で頷いた。これ以上此処にいても意味がないということだろう。異論はなかったから大人しく夕映さんに続いた。
そういえば、と疑問が頭をよぎる。探すと言っても何処を探すのだろうか。最初の部屋から小屋までは一本道だった。夕映さんの足は最初の部屋の方向に向いている。一度覗いた部屋には一瞥もくれない夕映さんの様子からして、部屋の中に何かしらがあるとは思えない。
ならば何処を。疑問は徐々に大きくなっていく。流石に尋ねようと顔を上げ、開きかけた口はそのままの形で止まった。
「は?」
「何でもありだね」
最初の部屋から向かって左側、行き止まりだった場所に扉が出現していた。想像の斜め上を行った出来事に思考を放棄した。此処では普段の常識や当たり前は一切通用しないのだろう。いちいち考えていたら頭がパンクしそうだ。
扉の形状は庭園に続いていたものと同じだった。今度はドアノブに手をかける前に鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。軽い音をたてて鍵はまわった。よかった、と安心したように夕映さんは呟いてドアノブを押した。
扉の向こうに広がっていたのは薄暗い部屋だった。いや部屋というのは語弊があるかもしれない。何十人もの人を収用出来そう大広間だった。壁際に並んだ蝋燭の火が風もないのに揺らめいている。それだけでも不気味なのに、広間の所々には影が出来ていた。人の姿がないのに影が幾つも点在している様は奇妙としか言いようがない。
夕映さんは相変わらず臆することなく広間を歩いていく。影を踏まないように迷いなく奥へ奥へと歩いていくが、後は追えなかった。此処に来て異様な光景ばかり見てきたが、この大広間の異様さは群を抜いていた。金縛りにあったかのように動けず、夕映さんの後ろ姿を見つめるしか出来なかった。
薄暗いのに夕映さんの姿ははっきりと見えていた。それが尚更に不気味で、怖くて、確かめるように夕映さんを呼んだ。
「夕映さん」
「大丈夫、待ってて」
耳元で言われたのかと錯覚してしまうくらいにしっかりと夕映さんの声が聞こえた。
「ねえ、何がしたいの?」
その問いかけは誰に向けられたものだったのか。聞き返しそうになり、口を閉じた。夕映さんが見ているであろう場所の空気が揺れたのだ。ゆらりと大きく揺れて、次の瞬間には人が現れた。
赤い着物を身にまとった同い年くらいに見える少女が立っていたのだ。生憎と距離があってどんな顔をしているのかは解らなかった。
「わからなかった?」
「解るわけないでしょ。手がかりが少なすぎる。これじゃあいくら何でも解らないよ」
「そっか」
着物の袖を口にあてて少女は笑う。
「なら、もうすこしだけ、ね?」
少女が両手を広げる。途端に巻き起こった風に思わず目をつぶった。風がおさまり、目を開けると景色は一変していた。
無数の人が倒れていたのだ。ある者は首から血を流し、またある者は四肢をあらぬ方向に折り曲げさせながら、内臓をぶちまけている者までいた。阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことを言うのだろうか。あまりにも現実離れしすぎた光景に、脳が理解を拒絶していた。血の気が引いて倒れそうになり、扉にもたれかかって体を支える。遠退きそうになった意識をどうにか保つ。
「……ああ、そういうこと」
感情の抜け落ちた夕映さんの声が聞こえ、俯かせていた顔を上げ、少女の変貌に息をのんだ。
少女を中心として大きさや長さや形の異なる黒い手が無数に伸びていたのだ。幾つかは手の先が赤く染まり、同色の液体が滴っている。
「ばけ、もの」
「そう、わたしはね、ばけものなの」
震えた自分の声とは対照的な楽しそうな少女の声が聞こえた。
「これね、ぜーんぶわたしがやったの。すごいでしょ」
「どこが?」
「え?」
「どこが凄いの?」
夕映さんの冷ややかな声が静かに響く。少女から笑みが消えた。射殺さんとせんばかりの鋭い視線にも夕映さんは微動だにしない。
「こんなのただの大量殺戮じゃん。沢山殺しただけじゃん。何が凄いの? こんなの兵器でも出来るじゃん。もう一度聞くけど何が凄いの?」
「……あなたもわたしをひていするの?」
「否定ねぇ。少なくとも肯定は出来ないかな」
「なんで……なんでだれもわたしをみとめてくれないの」
少女の叫びが響き渡る。黒い手が暴れまわって大広間のあちこちを破壊していく。引っかかって倒れた蝋燭の火が畳を焦がし、壁の板が転がる。何故夕映さんにあたっていないのか、不思議なくらいの暴れようだった。
「わたしだって、すきで、ばけものになったわけじゃないのに……すきでなったわけじゃないのに……なのに……なのに、みんなわたしをいじめるの」
夕映さんは黙って聞いている。相槌さえ打たずに少女の叫びに耳を傾けていた。
「だから……だから……だからころした…………おもしろかったな……だって、みんないのちごいするんだもん……ばかみたい……そんなことしたって、みのがすわけ、ないのに」
ばかみたい、と吐き捨てるように呟く。それが何処か悲しげに聞こえたのは気のせいなのか。
「でも、だれもほめてくれなかった……ねえ、なんで……なんでだれもほめてくれないの? すごいねっていってくれないの? ねえ、なんで?」
「さびしかったの?」
「え?」
長らく沈黙を保っていた夕映さんが口を開いた。予期せぬ一言に黒い手が動きを止める。
「誰かに構ってほしかったの?」
「わたし……わたしは」
「貴女がどうして化け物になったのか、知らないし知りたくもないけどさ。こうやって大量殺戮することでしか表現出来なかったわけ?」
「だって……みんなわたしをさける……ばけものだってゆびをさす……だれもわたしをみてくれないのに……どうやって」
「知らないよ。でも殺す必要はなかったでしょ……こうして私を、いや私達を閉じ込めるくらいには後悔してるんじゃないの?」
ついに少女は黙りこくった。耳に痛いほどの静寂が大広間に流れている。気まずいがどうしようも出来ず、様子を窺っていると鼻をすする音が聞こえた。
少女の両目から大粒の涙が溢れ落ちていった。声を殺して静かに泣く少女に夕映さんが問いかける。
「どうしたかったの?」
「……ふつうのせいかつがしたかった」
暫しの間を置いて少女が口を開いた。
「ともだちとあそんで、いえにかえったら、おとうさんがいて、おかあさんがいて、みんなでわらいながら、たのしくいきてみたかった……ほんとうにふつうの、どこにでもいるおんなのこみたいなせいかつが、したかった」
それは少女の本音であり願いだった。少女の背景に何があったのか、知る術がないからどれだけ悲しくて苦しかったのかは想像の域を出ない。だが、自分達にとっては当たり前とも言える生活を願うくらいには壮絶な人生だったのだろう。かけられる言葉は思い付かなかった。
「ねえ、もしうまれかわれたら、しあわせになれるかな?」
「どうだろうね。運次第じゃない?」
そこは嘘でも肯定しておくべきじゃないのか。喉元まで出かかった突っ込みは少女を見た瞬間に飲み込まれた。当の少女はニコニコと嬉しそうに笑っていたのだ。初めて見る年相応の表情に突っ込む気も失せた。
「ありがとう。いきているうちにであいたかった」
「生きていたら出会ってなかったとおもうよ」
「そうかもね。じゃあ、さようなら」
辺りが眩いばかりの白い光に包まれて、少女の笑顔と夕映さんの後ろ姿が見えなくなっていく。これで帰れる、と思ったのを最後に意識を手放した。
目蓋を開けて最初に目に飛び込んできたのは読書中の夕映さんだった。夕映さんの後ろには本棚が見え、ここが部室だとぼんやりした頭が理解するのに時間がかかった。机に突っ伏していたらしく下敷きになっていた腕が痛い。まだ重い体を起こすと夕映さんが顔を上げた。
「まさか一日に二回も巻き込まれるとはね」
挨拶代わりの一言に何も言えなかった。呆れたように諦めたように微笑む夕映さんがあまりに夕映さんらしくなくて、言葉が出てこない。パタリと本を閉じた夕映さんはさっさと部室を出ていく。此処は現実世界で安全だと解っていても癖は抜けないもので、急ぎ足で夕映さんの後を追う。
「もう巻き込まれないと思うけど。二度あることは三度あるって言うから、気を付けてね」
他愛のない話の最中に爆弾を放り込まれ、思わず沈黙する。冗談か本気か、夕映さんの声のトーンは変わらなくて判断出来なかった。そのまま何も言えないまま別れ道に差し掛かり、何事もなかったかのように夕映さんは遠ざかっていく。
一日で沢山の信じられないことが目の前で起こって、頭がパンクしそうだった。今日はもう何も考えたくない。夕映さんの不吉な言葉が現実にならないことを祈りつつ、帰路についたのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?