死にたがりと幽霊と

明滅を繰り返す赤いランプ、耳障りな警報音が響き渡っていた。遮断機の内側、線路の上を数十秒後には電車が通過する。
立ち止まって待つ間、何時もこんなことを考えてしまう。
「今、飛び込んだら死ねる」
猛スピードで走りくる鉄の塊にぶつかれば、人間なんてひとたまりもないだろうから。きっと電車は止まり、辺りは騒然とし、ニュースでも取り上げられる。私は、多分見るも無惨な肉の塊になるのだろう。
風圧が髪を浮き上がらせる。意識を戻せば目の前を電車が通過していくところだった。
「今日もできなかった」
あがった遮断機を見ながら溜め息を吐く。
目的地へと向かう足取りは重かった。

教室では皆が思い思いの場所で会話に花を咲かせている。私はどのグループにも混ざらず、遠巻きに眺めていた。
「平和だな」
無意識にこぼれた呟きは誰にも届かず落ちていく。まるで幽霊になったみたいだ。声は誰にも届かず、姿は視認されない。いるのにいないみたいに扱われる幽霊。
それはなんて
「さびしいんだろう」
「そうかな」
隣から聞こえてきた相槌。何気なく、声の方を向いた私は目を見開いた。
人がいた。それ自体は驚くべきことはないのだが、問題は隣にいた人物の見た目にあった。半透明だったのだ。うっすらと向こう側の景色が見えていた。
「あなた、誰?」
「僕のこと見えてるんだ。そっかそっか」
「ということは幽霊か何か?」
「ま、そういうことにしておこうかな」
幽霊という非現実的なものと対面しているのに、心は揺れなかった。良い意味でも悪い意味でも。
「驚かないんだね」
心を読んだかのようなタイミングで彼が問いかける。
「そうかな?」
「うん。普通幽霊見えたらもっと驚くと思うんだ」
「つまり私は普通じゃないと」
「いやいやいや。そういうことじゃなくて」
じゃあどういうことなの。聞き返そうとするよりも早く教師がやって来た。授業開始の号令を合図にじわじわと教室は静かになっていく。
助かったと言わんばかりに彼は息を吐き出し、私は視線を正面に向けた。

退屈な授業が終わった。再び教室は賑わいにつつまれる。荷物を片付け席を立つ。
「帰るの?」
彼が問いかける。結局彼は授業が終わるまで隣にいた。
「今日はこれだけだからね」
「そっか」
「あなたは」帰らないの、なんて無意味な問いかけをしかけて口を閉じた。実体をなくした人間に帰る場所なんてないのだから。
「僕さ。出られないんだ」
言葉の途中で黙った私など気にせず彼は口を開く。
「学校から?」
「正確には敷地から」
「そうなんだ」
「まあ、うちの大学広いから暇つぶしには不便しないけど」
「それは何より」
「またどこかで会えたらいいね」
私は何も言わずに教室を後にした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?