見出し画像

11-10

 自動車部は大きなガレージと大きなスペースを有している。なにせ「サークル」ではなく「部」だ。人数もそこそこおり、にぎわいを見せている。
 と、そんな中へ息も荒く突入してくる不審者が三名。ただし、うち一名は捕まった宇宙人よろしく左右から腕を掴まれていたが。

 まず動いたのが高橋だ。三人のうちの真ん中、相田に話しかけようとしたが。

「こいつはモータースポーツ同好会に入ることになりました!」

 その場にいる全員に聞こえるよう、声を張り上げる右側の椿。

「なので、自動車部に勝手に籍を入れたりしないで下さい!」

 これは左側の佐伯。目が合った高橋が、慌てて目を逸らす。

「あと、今後一切、学生レース競技には出ません! あしからず!」
「以上です! 失礼しました!」

 ここまで高らかに、かつ勝手に宣言すると一礼。やって来た時と同じ体勢のまま去ってゆく三人組。追いすがる高橋。

「相田、待って、どういうことなんだ」
「どういうもこういうも、さっき言った通りですけども」

 相田の代わりに佐伯が答える。その佐伯を無視して、高橋は相田だけに語りかけた。

「これで終わり、なんてことはないよな? 違うよな? なあ相田……」
「ごめん、前に言った通り、俺はもう引退しました。仮に復帰したとしても、まともに走れないよ」
「俺がサポートするから!」
「ごめんね、自分自身の問題なんだ。こればっかりはどうにもならない。心配してくれてありがとう」
「相田!」

 手を伸ばす。が、その手は椿によって阻まれる。憎しみのこもった高橋の視線を真正面から受け止めて、椿はそれでも全く怯まない。

「お前は相田の言葉を受け止めてやる気が無いのか」
「何?」
「一方的すぎるって言っているんだ。そんなにやりたきゃ自分で走るんだな」
「簡単に言いやがって」
「簡単じゃないことくらい知ってる。私だって、自分で走ってるから分かってる。それでもだ。まずは自分でやれ」

 掴んだ腕を投げ捨てるように離して、椿は踵を返す。
 高橋は悟った。彼等は二度と振り向かない。別のところに行ってしまう。そして、自分の望む場所には辿りつけない。
 掴まれた腕の痛みすら、あっという間に薄れてしまう。

「……嘘だろ」

 誰よりも分かっているくせに。高橋はそれでも口にした。認めたくないが故に。だが届かない。誰にも、自分自身にすら。



「高橋はその後、自分で競技に出るようになりましたよ」
「おっ、頑張ったんだ高橋」

 網屋が二杯目のコーヒーを飲み終える。タルトはもう食べ終えていた。

「頑張ってるんですけどねぇ、それでも毎年飽きもせず相田んとこに来ては『ジムカーナだけでいから、ジムカーナだけでいいから』ってうるさいのなんの」
「こないだのアレか」

 網屋も現場に居合わせた、先月の出来事だ。

「で、前崎の方は、相田の走り方を見て色々と諦めちゃったみたい」
「諦めた?」
「あれ以来、公式の競技会には一切出なくなったんです。その代わり公道で飛ばしてる」
「変な方向に行っちゃったなぁー」
「でしょう。公式競技は諦めたくせに、公道に相田を引きずり込みたがっているってのがまたおかしな話で」
「俺の方が公道は先輩だ、って思いたいのかね」

 高橋も前崎も、ある意味では可哀想なのかもしれない。彼等にとって相田は手の届かない光であったのか。それとも、手を伸ばせば届く果実であったのか。伸ばすにしろもぎ取るにしろ、彼等は色々と間違いを犯した。
 それに気付いたとしても、もう遅いのであろうが。

 何となく間が空いて、カウンター越しに網屋と目が合う。ひどく真面目な顔をして、網屋は頭を下げた。

「……相田のこと、今後もよろしくお願いします」

 兄貴風とやらが、ここでも吹き荒れている。それが面白くて、椿は笑う。

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 カウンター越しに深々と頭を下げ合う奇妙な二人のことを、相田は、当然知る余地もない。

 網屋がコーヒー目当てに毎週通うようになるのも、まだ知らない。

                     11 トラウマとサークル 終


 目次 

恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。