パルプ2019

喧嘩屋バノンの宿帳簿

 殴られた。というより、吹き飛ばされた。壁に背中からぶつかって呼吸が一瞬止まった。眩む視界に割り込んでくる、赤い法衣。

「ま、待て、俺が、どうして」
「どうして、だあ? 自覚無いのかお前」

 襟元を掴まれ、引きずり起こされる。見覚えのある無精髭の顔。

「部屋に連れ込んだ女の顔に焼きゴテ当てたのはドコのどいつだ、ああ?」
「いや、それは」
「商売女だから好き勝手していいとでも思ったか? しかも何人やったんだよテメェは」
「その、あの」
「こっちが把握してる範囲では十二人。で、娼館組合から依頼を受けたって訳だ。クソ客を潰せってな」

 空いた右手に炎が宿る。魔力の炎だ。その熱に焦った男は頭を横に振りながら余計に喚いた。

「俺は、その、だって! なんで? どうして、アンタ、宿屋の親父だろ? まほ、魔法とか、どうして」

 そうだ。赤い法衣を纏う無精髭の男は、この街にある冒険者向けの宿屋『赤い三本足鴉亭』の店主であるはずだ。つい先日利用したばかり、覚えていないわけがない。

「客に紹介できない依頼は、俺が処理してんだよ。こういう、クソみてぇな依頼とか、凄腕冒険者サマがバカやった後始末とか、だ」

 熱が強くなる。炎を纏った右手が顔に近付いてきたからだ。

「なぁアンチャン、宿屋の親父が魔法を使えない、なんて誰が決めたんだ? ん?」

 考えたこともなかった。だが、言われてみれば確かにそうだ。能力の発露が無いからと言って、その力を持ち得ないということではない。
 だって、宿屋の親父の腕がこんなに屈強だなんて、魔力を秘めているだなんて、見ようともしなかった!

「俺もある程度なら治癒の魔法が使える。だからきっちり十二回、お前の顔面焼かせてもらうぜ」
「待って、親父、待って」
「ああそうか、名乗ってなかったな。俺の名前はな、バノンってんだ。人の喧嘩を代理で買い取る、喧嘩屋バノンだ。よーく覚えとけよ? これから味わう痛みや恐怖と一緒にな」

【続く】

恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。