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21-11

 視線を動かすと、そこには網屋の銃がある。二人は黙ったまましばらく銃を見つめていたが、ふと、網屋がそれを手にした。

「あのな、相田」
「……はい」
「復讐すること自体を、否定してるわけじゃないんだ。俺は、さ。ぶっちゃけ、お前が直に人を殺すんでなけりゃ、それでいいんだ」

 弾倉を取り出し、スライドを引いてチャンバーの中にある銃弾も外す。それらを全て丁寧にテーブルの上に並べると、網屋は背筋を伸ばす。

「だから、俺に依頼しろ」

 身を乗り出し、相田を真っ直ぐ見て、網屋ははっきりと告げた。

「お前の代わりに俺が始末してやる。お前が大丈夫だってんなら、目の前で。特別価格だ、料金はこのマガジン一本分でいい……いや、違うな。マガジン一本分の銃弾十三発、買い取ってもらう。お前の代理として、俺がこいつを全弾叩き込んでやる」

 相田の前に差し出される弾倉。そっと持ち上げてみれば、金属の冷たさ。思った以上に重みのあるそいつを両手で抱えて、相田は顔を上げる。

「馬鹿なのは分かってる。直に殺すのと、どれだけ差があるんだって話だよな。……でもな、これしか思い付かないんだ。これくらいしかしてやれない。これで納得しろとも言えない。それでもいいなら」

 更に差し出される、一個の銃弾。

「スライドの中に入ってたこれはおまけで付けとく」

 思ったより小ぶりな銃弾。つまみ上げて、掌に握り込んでしまえば姿が見えなくなる程度の。じんわりと、己の熱が握り込んだ銃弾へと伝わってゆく。銃弾の冷たさと、掌の暖かさが、互いに混じり合って均され、近付いてゆく。
 このまま握り続けていればきっと同じ温度になるのだろう。硬い金属と柔らかい皮膚とが、同化する錯覚を起こすほどに。

「先輩」
「おう」
「後払いでも、いいですか」
「いいぞ」
「よかった、助かった。今、金欠なんですよ。タイヤ履き替えたもんだから」

 いつも通りの口調で、いつも通りに話す。願いを込めるように九ミリパラベラム弾を握り締めて。

「あと、この一発、俺が持ってていいですか」
「おう。持ってろ」
「……先輩」
「何だ」
「うどん、卵だけじゃなくて肉も入れて下さい」
「おうよ。玉ねぎと豚肉で卵とじにすっか」
「二玉で」
「二玉な」

 いつも通りに聞こえて、その実、言葉は優しい。
 台所に立った網屋の背中を眺めて、未だに離すことができずにいる銃弾をずっと握り締めたまま、相田は、ようやく腹が減った状態を自覚したのであった。



 ぼろぼろになった互いをよろけながら支え合って、辛うじて立っている。遠くまで歩むには厳しいかもしれない。もう立ち止まって、傷を癒やすことに専念するべきかもしれない。
 綺麗じゃないことなど分かっている。エゴにまみれたどうしようもない、ただの欲望でしかないことも。酷く歪で見るに堪えない、浅ましい欲。高潔ではない。正義でもない。
 それでも。それでも。

                         21 写真と火葬 終


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。