ヘッダ二章2

業務実績 1)「直帰したい場合は他社員に了解を取ってください。」

 早速、翌日から関連組織への襲撃が始まった。従来の業務の合間を縫って、一つ一つ潰していく。しかしそれすらも結局は「いつも通りの仕事」であるので、日々谷警備保障にとって特に負担になるような出来事でもなかった。
 ただ、いささか面倒なのは相手側からの襲撃も発生するようになってしまったことだ。先日のような派手さはないが、商業店舗からの現金輸送や要人警護の際に、まるで嫌がらせのようにちまちまと襲い掛かってくる。相手方としては、そのついでに現金を奪ったり要人を殺害して自分達の名前にハクをつけたりできたら良いな、程度なのだろう。しかし警備会社としては信用問題に発展してしまう。であるので、丁度社員の数が増えたのを良いことに、予備の人員を常に付けて「サポート」をさせることにした。簡単に言ってしまえば、襲撃者達を影で屠ってしまうのだ。


 そんな状態がしばらく続いた、ある日のことだ。

「あれ、吹雪くんは?」

 ごく普通の現金輸送業務を終えた後、菊之丞や英治と一緒に帰ってくるはずの吹雪がいない。それに気付いた社長の問いに、菊之丞は白手袋を取りながら答えた。

「どうしても寄りたい所があると言って、直帰を願い出たので許可を出しました。独断専行でした、申し訳ありません」
「あーいいのいいの、許可はどんどん出しちゃって。いえね、珍しいなと思って。珍しいっていうか、初めてだなって」
「そう言えばそうですね。彼、ほとんどここを根城にしていましたから」

 吹雪が本社ビルに寝泊まりしているのは周知の事実である。たまに自宅へ帰ることもあったが、それは衣服を取りに行ったりその他の用事を済ませるためであって、果たしてそれは「帰る」という行為であったのかどうか。

 禅と保とみどりが、デスクから顔を上げて、黙って視線を交わす。三人が三人とも、何か同じ疑問を抱いたようだ。

「どこだったっけ」

 主語も述語も全部端折って、保が聞いた。

「都内ですね」

 これまた色々端折って禅が返す。

「どこ」

 みどりの言葉はさらに短い。

「二つあります。『ケット・シー』と『龍の巣』」
「どう見る」
「調べた方が早いでしょう」
「そりゃそうだ」

 禅がキーボードと格闘を始め、しかしそれほどの時間もかからぬうちに目的のものを見つけ出す。彼のデスクにあるモニターに映し出されたのは、いくつかの監視カメラの映像だった。
 保の方はスマートフォンを弄くり始める。こちらはさらに早く、画面を見つめたままポイントが示す場所を口にした。それを聞いた禅は映像の位置情報と照らし合わせ、さらに絞り込む。

「写んないように頑張ってるじゃないの」

 背後から覗き込んだみどりが呟く。彼女が指差した画面の一つ、その片隅に何かが動いていた。

「どうしましょうか?」
「様子見かな」
「ブッキーも気付かれたくないからこうしてるんだろうし」

 保も後ろから覗き込んでくる。だが、禅とみどりは思わずツッコミを入れてしまう。

「ブッキーて」
「貴士さんの『雪ちゃん』より酷くないですか」
「えー、いいじゃんブッキー。可愛くて」

 しかし、三人とも視線は画面に向いたままだった。

「今回はお咎めなし、ということでよろしいですね?」
「で、良いんじゃないのかな。俺はそう思う」
「一応さ、警戒だけしとこ」
「おっ、みどりさんやっさしーい」
「だろォ?」

 画面の端に見え隠れする、ところどころ跳ねた髪。急いで走る彼は、どこへ行こうとしているのか。


 殴る。なるべく早く。武器を持っていれば奪う。躊躇なく撃つ。

「なんで、オイ、なんでだよ! お前、どうして……」

 うるさい。黙れ。俺はそんなことを聞きたいわけじゃない。いや、何も聞きたくはない。思わず、必要以上に銃弾を撃ち込んでしまう。

「吹雪……」

 名前を呼んだ奴、そいつにもたっぷり食らわせてやる。こいつらは薬を売り捌いているので、金だけはやたらあった。確かこいつは、いっちょ前に金銭の管理なんてやってた奴だ。

「助けて」
「黙れ!」

 自分に向けて発せられる言葉など、何一つ聞きたくはない。消えろ。消えてしまえ。無かったことにしてしまえ。くたばれば黙る。余計なノイズを発することはなくなる。
 スライドオープンしてしまった銃を、既に物言わぬ死体に投げ付けた。黙れという要求を飲んでくれた奴に。

「なあ……ホントにさ、どうして……なんで吹雪、そっちにいるんだよぉ」

 こいつの声が一番聞き覚えがある。それもそうだ、ここ『ケット・シー』のリーダーが彼女であるから。床に座り込んで後ずさる、そのミニスカートがめくれ上がって下着が丸見えになっているが、彼女はいつもそんな感じだったから何の感慨も湧かない。もしかしたらわざとかもしれない。穴さえ開いていれば価値はある、なんて言ってたのはこいつだ。その価値をよく分かっていたのもこいつだ。吹雪自身は生憎、その恩恵に預かったことは一度もない。

「就職したんだよ」
「しゅ、就職? ハハ、吹雪、何言って……」
「だから、お前らンとこに戻る気なんて無い。ここ、十鬼懸組の傘下に入ったんだろ?」
「だって、リツくんが」
「出たよ新しい彼ピッピ。その穴利用されてんのお前の方じゃねぇか」

 自分の言葉が相手に届いているかどうかなんてどうでも良かった。もう、トリガーは引いていたから。すぐ側に銃が落ちていてよかった。誰のだか知らないが助かった。これ以上、この女の声なんて聞きたくなかったから。

 そう、ここはかつて、吹雪の雇用先だった。根無し草みたいにフラフラしてた時に声をかけてきた奴ら、その有象無象の一つだ。正直に言ってしまえば、今日この日まで彼等のことをすっかり忘れていた。
 しかし、思い出したのだ。現金輸送を狙って襲ってきた連中、その顔を見た瞬間に。それは向こう側も同じであったようで、呑気に声を掛けてきた。こちら側に戻れ、そして金を奪ってこい、と。
 迷わず殺した。だが、社員達には何が起こったのかを話さなかった。いや、話すことができなかった。こいつらと同じだと、知られたくなかったから。

 知られたくない。その思いだけが、吹雪を突き動かした。直帰を申し出て、その足で直にここ、『ケット・シー』のアジトへと向かった。あとはこの通りだ。殲滅した。一人残らず、始末した。

「……あと、二つ」

 吹雪の顔を知っている奴ら、残りは『諸行無常』と『龍の巣』。この二箇所だ。


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恵みの雨に喜んだカエルは、三日三晩踊り続けたという。 頂いたサポートは主に創作活動の糧となります。ありがとうありがとう。