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禍話リライト「重なる家」

 ある大学のサークルで、怪談会をしよう、ということになった。
 今年五年生だか六年生だかになる先輩が言った。
「せっかくだから、おれの知ってる誰も住んでいない親戚の家があるから、雰囲気いいからそこでやろう」
 当日、サークルの皆でその家に向かった。まだ夜の九時だというのに、周囲には明かりがなく、真っ暗だ。田舎だからこんなものなのか……と思いながら、家に足を踏み入れた。
 話に聞いたときは廃墟のようなボロボロの建物を想像したが、実際にはそんなことはなく、中も小綺麗だった。ただ、長く人が住んでいない、独特の雰囲気があった。
 スイッチを押すと電気がつく。きちんと電気代を払っているということだ。「水道も使えるからトイレも大丈夫だ」と先輩が言うので、早速一年生のGくんがトイレに立った。
 その間に、皆は一回の広い和室に腰を据えた。ここが怪談会の会場となる。
 やがてトイレから戻ってきたGくんは、なぜだか含み笑いをしている。
「どうした?」
 Gくんの隣に座る、二年生のAくんが尋ねる。しかしGくんは答えず、その代わりにスマホでショートメッセージを送ってきた。
『隣の部屋に脅かし役がいましたよ』
 脅かし役? ――なるほど、仕込みがあるのか。
『誰?』
 Aくんもショートメッセージを送り返す。
『知ってます? 部員じゃないけどサークルに出入りしてる、Sくん』
『ああ、あいつ今日いないと思ったら、来てんのかw』
『隣の部屋ちょっと開いてたから覗いたらいて、被り物? かなんかを点検してました。しーってされましたよw』
 GくんとAくんはニヤニヤと視線をかわしたが、ここでそれをネタバラシするほど野暮ではない。二人の秘密にして口をつぐもう、と無言で同意したところで、いよいよ怪談が始まった。
 別に怪談サークルというわけでもなし、皆「ネットで見たんだけど」だの「テレビで芸能人が話していた話で」だの、適当な話をしていく。
 その間、となりの部屋からは物音一つしない。Aくんは内心、偉いもんだと感心していた。
 ほどほどに怖い、でもどこかで聞いたような話が続く中、一人、真面目なトーンで切り出した。
「これ、おれが子供の頃の話なんですけど。小学生くらいの頃、一人で留守番をしていたら、押し入れから「ドン! バタン!」みたいな音がして。押入れの中でバランス悪く置いていたものが落ちたのかな、と思って見たら、知らない男の子の形をした日本人形が――」
 
 ドン! ガン! ゴン!
 
 突然、壁から物音がした。隣の部屋に面した壁だ。
 みんなが「え!」「何?」とざわつく。
 AくんとGくんも驚いたようなリアクションをとったが、内心では「Sくんタイミング絶妙だな、こっちの部屋の声が聞こえてるのかな」などと考えていた。
「隣、人いないですよね……?」
「いないよ」
 そう答える先輩の白々しさに笑いそうになるのを堪えていると、
「この音、子供のときに聞いたのそのまんまだ……」
 と話していたやつが言い出した。
 やばいやばい、と言いながら、立ち上がって隣の部屋に向かう。
 Aくんはまずい、Sくんがバレる! とヒヤヒヤしたのだが、すぐに「誰もいませんね」と言いながら戻ってきた。うまく隠れたらしい。
 仕込みを知らないそいつはすっかり意気消沈してしまっている。
「話すなってことかもしれないですよね……この話やめていいですか……」
 皆も雰囲気の呑まれ、その話はそこで中断となった。
「先輩、ここ、いわくとかある家じゃないですよね……?」
 怖い話が苦手な女の子が、半泣きでそう訊く。先輩は「まあまあ」といってなぜか否定しない。
 次のやつも話がうまく、恐怖感が一気に盛り上がったところで、最後、先輩の番になった。
「この家にまつわる話なんだけど……」
 まばらに悲鳴が漏れる。先輩は低いトーンで話し始めた。
「十年は経っていないんだけど、夏、この家に親戚が集まって、怖い話をしようってことになった」
「え、この部屋でですか?」
「うん。この部屋で、日付も、今日とだいたい同じ日だったと思う。で、その怖い話をしたらおれの親父の弟の……まあ親戚のおじさんがさ、死んだの」
「え、亡くなったんですか?」
「翌日死んじゃったのよ。原因不明。心筋梗塞じゃないかってことになったけど、まあだから死因は不明だよ。で、それが変な格好で、変な状況で亡くなっててさ――」
 ゲホッゲホッ。
 急に先輩が咳き込み始めた。酒も飲んでいないし、気管支に問題があるわけでもないはずなのに、ホコリを吸い込んだときのように酷い咳をして、一向に収まらない。
「これ、やめたほうがいいんじゃないですか。話したらいけないやつですよ」
 みんなで口々に止めると、「まあ十分怖かったからやめとこっか」とすんなり話を終えた。
 Aくんは拍子抜けした。仕込みまでして、そこでやめるのか?
 更に先輩は言う。
「じゃあお開きにしようか、ろうそくも危ないから消して――」
「え、先輩いいんすか?」
 思わず聞いた。
「え、何?」
「いや、脅かし役は? 隣の部屋にいるでしょ」
 Aくんの言葉に場の空気が緩む。「え、脅かし役がいたの?」「なんだあ」安堵の声が上がるが、
「え、いないよ」
 先輩の一言で、また妙な空気になる。今度はGくんが口を開いた。
「いや、いましたって! おれトイレ行ったときに見ましたもん。仮面かなんかを点検してて、こっち見て、しーって――」
 Gくんが口の前に指を当てて、「しーっ」というポーズを取ったその瞬間、
「うわあぁぁっ」
 先輩が悲鳴を上げて飛び退いた。
「え、先輩?」
「お、お前、おれの、おれのおじさんさ、じ、神社で踊るときの仮面、いつのまにかかぶって死んでたんだよ! お前、どんな仮面見たんだ!」
「い、いやそこまでは暗くて見えなかったすけど……でもしーって」
「やめろよ!!」
 先輩は髪を振り乱して拒絶する。
 
「おじさんな、変なポーズで死んでたって言ったろ。仮面かぶってな、なぜか、しーってポーズで死んでたんだよ! それ、死んでたおじさんの格好まんまなんだよ!」
 
 そう先輩が叫んだ。
「そ――そんなわけないじゃないですか!」
 実際にそれを見たGくん、恐怖に耐えかねたのか裏返った声で叫んで「ちょっとおれ連れてきますから!」と立ち上がり、どしどしと足音を立てて隣の部屋へ向かう。皆、ただ呆然と成り行きを見守っていた。
「なんだよ、演技かよ! やっぱりSくんじゃないか!」
 隣の部屋から、Gくんのそんな声がした。しかし先輩は未だにブルブルと震えている。
「ほら、Sくん見せてやれよ」
 
 その声とともに現れたGくんは――Sくんとは似ても似つかない、見たこともない中年の男を連れていた。
 
「うわあ!!」
 全員、パニックになった。我先にと外に飛び出す。気づいたら、男を連れてきたはずのGくんも一緒になって逃げ出していた。
 全員外に出たところで、先輩が「あれ、Sくんは?」と言い出した。
「先輩仕込んでないって言ってたじゃないですか」
「いや、本当は仕込んではいたんだ。でも咳き込んで何故かそれを忘れてた。それに、仮面とかは絶対用意してない。それなのにGが仮面の話をするから、もうテンパっちゃって」
 つまり、Sくんはあの部屋に一人取り残されているかもしれない。
 恐る恐る部屋に戻ると、果たして、Sくんはいた。
 押入れの中から「うわー、ちょっとなにー」という半べその声が聞こえる。押し入れを開けると、黒子のような格好で、ふざけたメイクを施したSくんがへたり込んでいた。仮面のようなものは見当たらない。完全に腰が抜けて、立てなくなっている。なんとかみんなで引きずり出して、その家から逃げ帰った。 


 ここからはSくんから聞いた話である。
 本人は、良いタイミングで「わーっ!」と脅かすだけの役回りのつもりで、ずっと隣の部屋で待機していたのだという。怖がらせるつもりもなかったから、ふざけたメイクで最後は笑いにするつもりだった。
 トイレから戻るGくんと目が合ったのは事実だそうだ。うわっ、まずい、と思ったけれど、「まあこんな感じやから、察してくれ」という気持ちで、メイク済みの自分の顔を指差した。もちろんその時、仮面も持ってないし、「しーっ」ともしていない。
 押入れの中に入れば隣室の声が聞こえたので、下の段に入って怪談会の内容を聞いていた。Sくんには、皆が怖い話ではなく、えらく残酷な話ばっかりしているように聞こえたのだという。誰がどれを話しているのかわからなかったが、誰かを針で刺し続けた、傷跡をえぐった、足を傷つけたあとに破傷風になるのも構わず泥に放り投げた……など、残忍に人を痛めつけた話ばかりだった。
「今日って怖い話をするんじゃなかったのか?」とSくんは混乱した。
 しばらく聞いていると、
「これ、おれが子供の頃の話なんですけど。小学生くらいの頃、一人で留守番をしていたら……」
 やっと怖い話らしい話が始まったな……と思ったら、押入れの上の段、Sくんの頭の上から
 
 ドン! ガン! ゴン!
 
 音がした。
「えっ」と思ってすぐに上の段を確認するが、何もない。
 押入れの中はがらんどうで、落ちるようなものはひとつもない。
 怖いな……と思いながらもまた隣の部屋の声に耳を傾けると、話はふたたび残虐な内容に戻っていた。
 縛り付けた相手の痛点を狙って……爪の間に針を……。
 もうこんな話は聞きたくないし、だいたい、これどのタイミングで行けばいいのか……壁を隔てた声は妙に不明瞭で、誰が話してるかもわからない。
 もうしょうがない、外に出てタイミング見計らっていくか……と思ったら、
 
「うわあぁぁっ」
 
 隣の部屋から突然叫び声が聞こえた。妙な話だが、その声はパニックになってはいるが、いつものみんなの声だった、とSくんは言う。さっきまでの残忍な話をしているときの異様な雰囲気がそこでふっと消えたそうだ。
「そんなわけないじゃないですか! ちょっとおれ連れてきますから!」
 Gくんの声がした。そしてすぐにGくんが隣の――Sくんのいる部屋に入ってきたので、「あ、おれ連れてかれるのかな」と思ったのだが、GくんはSくんを素通りした。
 そこではじめて気づいたのだが、Sくんは自分と背後の壁の間に、無意識に一人分のスペースを開けていて、
 
 そこに、全く知らない人がいた。
 
「行くぞSくん!」
 そう言ってGくんがその知らない人を連れて行く。その人は手に、変な仮面を持っていたのだそうだ。
 

 これは平成の終わり頃の話で、その家は未だに、誰も住んでいないのに家賃が払われつづけているのだという。

※本作品はツイキャス「禍話」より「ザ・禍話 第二十六夜」に収録の「重なる家」の話をリライトしたものです。
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/641529209

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