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保育園と幼稚園がなくなった話

私が育った町。新潟の、かなりの田舎町。
隣の市と合併し、今では市、と名乗っているが、かつて私の育った町の部分はもはや町というより村と言っていいほどのさびれぶりである。

私達の町には、小学校が4つあった。
町の中では、私達の住んでいる辺りは最も市に近く、人口が多かった。
私の通った小学校の学区内には、保育園が2つあり、なぜか小学校に上がる前の1年間は、その2つの保育園の子供達が1年間だけ同じ幼稚園に通うシステムだった。
今思えば、その2つの保育園の園児は小学校で一緒になるのになぜ?なのだが、もしかしたら園の広さとか諸々あったのかもしれない。

そう、きっと、あの頃はずいぶん子供がいたのだ。

1年間だけ通った幼稚園は、つき組とゆき組の2クラス、それぞれ30人ずつくらい。小さな図書室、園庭、プール、体育館というより運動場、という感じの室内遊び場。
どこにでもある小さな幼稚園。

地元を離れしばらく経った頃、久々の帰宅途中に見慣れない場所。
郵便局、公民館、食堂、地元の名産品と野菜の並んだ売店。
the 道の駅。
こんなの出来たんだー。と言うと、母は知らなかったっけ?と返し、さらに続けた。

この後ろの建物は温泉なんだよ。
あんたの幼稚園の園庭掘って温泉出したの。

え?幼稚園が?温泉?
幼稚園がなくなった事はそこまでの驚きではないが、温泉を掘ったとは…。
聞けば、ほぼ園の建物は多少改装したもののそのまま使っていて、下駄箱もそのまま子供サイズ、運動場はくつろぎスペースへ、
図書室と、横の物置になっていた部屋は少し広げてそれぞれの内風呂に。
つき組とゆき組の教室は女子更衣室と男子更衣室になったらしい。
もちろん園庭は男湯と女湯に分かれた露天風呂だ。目隠しにたくさん木や竹を茂らせてあるらしい。

スーパー銭湯というには少しこじんまりしているが、地元の人の憩いの場になっているそうだ。

ちなみに2つあったうちの、1つの保育園は老人ホームになっていて、本当に時代の移ろいを感じた。

もう帰省出来ずに1年以上が経つが、結局今まで行けずじまいの温泉、いつか帰省の折にひとっ風呂浴びたいな、と今さら考えている。

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