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バス

 家の近くの駅前には、広い乗り場があり、いろいろな方面へのバスが発着している。行きたいバス停の名前さえわかっていれば、止まっているバスまで行き、運転手さんに「○○、行きますか?」と聞けば、「ああ、それは○番乗り場ですよ」と教えてくれる。スマホで調べておけば、問題ないが。


 ほとんどがノンステップになり、乗り口が低く平らで、楽に乗れるようになった。バスの乗り口は2段のかなり高い段になっていたから、それを思い出すと、バスに乗ったぞぉ、という実感なしに乗れてしまう。ものたりなく感じるくらいだ。車体にでかでかと記してある、ハイブリッドバスも増えてきた。

 一番前の高いところにある、一人用の席(幼児の1人掛けは御遠慮下さい、と書いてある席)に座ると、視界も広いし、素晴らしく運転上手の彼(つまり運転手さん)の車の助手席に乗っているようで気分がいい。「彼」がいつもタイプとは限らないのが、欠点だが……。

 夕方の混んだ道で、バス停にキチンと止め、発車するのはほんとたいへんだ。たいていのバス停近くに駐車車両がある。「彼」は、そのたびに、ウインカーを出し、窓を開けて、白手袋をはめた手で後続車両に合図をし、車線に入ると短くクラクションをならし……そのうち、どうしたことかアナウンスが今止まったバス停の名前を言ってしまい、自分でいいなおし……。わたしが、会社にやむおえず電話したときなんか、たちまち、「車内でスマホの電源はお切り下さい」なんていう。とても、助手席の恋人に甘い言葉なんかささやく余裕はない。

 でも、なかにはフレンドリーな方もいて、バスがすいて乗客がほとんどいなくなったとき、「いやあ、運転手はたいへんですよ。この前なんか、おばあさんが乗ってきて、もう乗り込んだと思ってドア閉めたら、手がバスの外のとこ掴んでて、はさんじゃった。怪我がなくてよかったけど、あわてたねぇ」なんて話してくれてことも。

 広い通りから、乗用車がやっとすれ違えるくらいの狭い通りに入り、駐車車両と、積み上げられたゴミの袋の間をすりぬけ、また広い通りに抜けようとしたら、ここが鋭角の曲がり道で、左に曲がるのに、右に曲がると誰もが錯覚するほど、車体を回転させる。


 40分乗っていると、紆余曲折の人生を感じたりしてしまうのです。


               おわり


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