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ピカソの鶏


誕生日が10月25日というたったそれだけの共通点、ピカソの絵すべてが好きというわけでもない。

今から15年前、私は入院していた妻の介護に追われていた。会社帰りに病院に寄り、帰宅は9時、洗濯機をかけ、干し、次の日持っていく衣類を調え寝るのが12時、そんな繰り返しで心身ともに疲れていた。

ある日の新聞広告で、絵の展示即売会が某デパートであることを知り、さっそく病院を1時間早く出て立ち寄った。会場入り口のイーゼルに幅75高さ95センチの額に入った鶏の絵が立てかけてあった。その絵を見た瞬間、鶏の目と私の目がビビッと合ってしまった。

顔は横を向いているのに、二つの目は正面を向き、大きな口を開け喉からピンクの下がペロッと出ている。鶏冠とさかはオレンジ身体はブルー、黄、黒、紫、緑、オレンジ、絶妙な色使いで描かれている。足は黄色で輪郭は黒、太いガッシリとした2本の足で大地を踏まえている。そして私に「元気を出して!」と言わんばかりにオーラを発している。たちまち私はその絵の虜になった。ちなみに私は酉年。金額を見ると18万5千円とある。
版画200枚のうちの1枚である。

当時医療費が嵩み、この生活がいつまで続くかという不安もあり、その場は立ち去り会場を一巡り、ローランサンの少女の絵に癒され元の入り口に戻った。ふたたび鶏の絵の前に立ち尽くしていると、タイミングよく店員さんが
「今日は最終日なので、いかがですか、少しはお勉強しますよ」
の声に即座に購入を決めた。

以来我が家のリビングの壁を飾っている。妻は残念ながら1年半の入院生活の後、私を置いてさっさと旅だってしまった。
今でも折に触れ元気をくれる絵、やっぱりピカソは天才だ。


両の目かっと見開いて
大地をぐいとつかんで
思い切り声上げて
生きているんだぞぉ と
叫んでいるような 鶏

              

           おわり


ピカソの鶏の絵を見て浮かんだフィクションです。



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