見出し画像

ヘルパー日記後編8(花のように)

 Tさんは30歳過ぎてから、猛勉強をして看護師になった、という、努力家です。看護師さんとして活躍中に倒れ、一月ほど入院、意識がもどったり
朦朧としたりのくりかえしの後、退院はしたものの、右半身に麻痺が残り、言葉も思うように出てこなくなりました。

 それでも、前向きで、いつもテーブルの上には、左手で、朝ーおはようございます。昼ーこんにちは。夕ーこんばんは。などと何回も何回も書いたノートが開かれています。
 「覚えようとしても、覚えられないの」
と、ちょっと悲しそうです。とっても悔しいだろうに、その思いをぶつけることもなくいつも穏やかで、元気づけようとする、わたしのくだらないしゃれにも笑ってくれます。
 ある日伺うと、そのノートに今日は何をしたらいいのかな、なんにもみつからない、と書かれていました。息子さんが出勤中はずっと一人で、テレビを見ているしかないのです。
 「息子にちょっとでも、迷惑かけないように、おとなしくしているのよ」
との話から
 「退院してから、だんだん麻痺が強くなってきているの・・・こうして手を上げても前はもっと上がったのに、あがらないし、足も動かない・・・どうしてこんなことに・・・」
 いつもは、穏やかににこにこしているのに、初めて涙を流され、なんと答えていいのか困りました。身体が悪くなっているのを感じながら、毎日一人で耐えているしかない、ほんとにつらいだろうなぁ・・・こういうわたしも、つらい経験はいろいろしているから、経験の種類は違っても、気持ちはわかる気がします。

 Tさんは最近、少し足が太り、装具ですれて、靴擦れのような赤い斑点ができていて痛むとのこと。まずは、そこを直すために、摩擦を減らすよう、装具を広げてもらうことが先決です。装具を広げてもらうには、病院の診察が必要で、息子さんに通院と、付き添いのお願いの手紙を書きました。たかが、ヘルパー、たいして力にはなれないけれど、小さな希望であっても持ってほしいな。傷がなおれば、少しは気分が明るくなってくれるかも・・と。

 担当して半年が過ぎると、介護者と被介護者というより、なにか
友情に近い感情をもつようになってきて、時には、私の愚痴なんかも
きいてくれるようになりました。もちろん、礼儀は忘れないようにしていましたが。

 いつも入浴介助をし、そのあと、車椅子で散歩です。
Tさんのお宅はりっぱなマンションですが、ユニットバスが狭くて
ふくよかなTさんとわたしで洗い場はいっぱいになり、特に夏は暑くて
下着まで汗びっしょり。入浴後は、横の洗面所をお借りして、わたしも、全部の洋服を着替えます。まるでわたしが入浴したみたい。
そして爪切り。Tさんは、職業柄、爪を短く切るのが好きで
「もっと切って、もっと」
というので、切りすぎて血が滲んだことがあり、あわててティッシュでおさえていると、ご本人は悠然とほほえんで
「だいじょうぶよ」
と、のたまいました。

 車いす散歩では、花が大好き、というTさんは、花を見つけると楽しそうです。初夏になり満開の紫陽花をみつけたときは、「ほら、ほら!」と、
指差し、しばらく車椅子をとめて、二人で眺めました。
花やさんの前を通ったら、Tさんが、「あれ、枯れてる」というので見ると、なんと一番はじの鉢植えの菊が、ぐったり枯れそう・・・
花やさんのお兄さんに声をかけると、一番はじだったので水をやるのを
忘れていたのだそうで、とても感謝されました。
よかったね、とTさんと私は顔を見合わせてにっこりでした。

一輪一輪の想いが
通じ合っているのか
紫陽花の小花は
雨にうたれても
寄り添って咲いている

         
       ヘルパー日記後編8おわり

下記の企画に応募します。よろしくお願いいたします。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?