マフラーに
「マフラーには不思議な思い出があるの」眞弓が話し始めた。
二、年ほど前、彼女はJR線S駅ビルで素敵なマフラーを見つけた。サモンピンクに白い家が編み込まれている。輪郭の曲線が優しく幸せな一家が住んでいそうな家。それになんといっても手触りが柔らかく優しかった。チクチクするのに弱い眞弓でもこれなら大丈夫、すぐに買いたかったが五千円は高い。新年のバーゲンが始まるまでじっと待ち、三割引きでやっと手に入れることができた。ワクワクと巻いて仕事に出かけたが、なんとその初日に家に帰るとマフラーがないことに気づいた。どこかで落としてしまったらしい。電車の中か会社へ向かう道か全く記憶がないから諦めるしかなかった。
それが先月みつかったのだ。半年前転居して来た新しいこの地で。
眞弓はちょっと悔しそうに言った。
「こんなことあるのね、まぁ私の手には戻らなかったけど」
わたしはマフラー、売り場に並んでいると、ある日仕事帰りらしい女性が私を手に取りそっと首にあててニッコリ笑った。「なんていい手触り、これ買おう」こんな心の声がした。それから二カ月、大勢の人が私を手に取ったが
買うまでには至らず、新春バーゲン初日、再びあの女性があらわれ、嬉しそうにわたしを買った。ところが翌日彼女の首に巻かれて電車に乗ったが大勢の人に押され、するりと落ちてしまった。「落ちたわよ~」と叫んだが誰も気が付かない。やっと終点で別の女性がわたしを拾い上げた。
「わぁ可愛いマフラー、得しちゃった!」
え?わたし持ち主が変わったの?わたしは握られたまま駅に降りた。新しい持ち主はしばらく歩くと大きな建物に入った。この匂いは病院?
「昌子、よく来てくれたね」
「お母さん、具合どう?」
「うんまぁまぁだけど、ちょっとこの部屋寒くてね」
「あ、じゃ、このマフラー使う?手触りいいのよ」
「まぁサモンピンク!いい色ね」
わたしはその「お母さん」の首にまかれた。持ち主変わっちゃったけど
嬉しそうだからいいか。
わたしは担当看護師さんにも評判がよく、「いい色ね」「似合ってるわね」
「ほわほわしてあったかそう」と褒められた。お母さんは「私が死んだらあなたにあげるわ、こんなものしかないけど」と笑っていたが、なんと
病気が急変、あっけなく旅立ってしまった。
眞弓が父親のために訪問看護を頼んだのは、十一月の初めだった。認知症の父親はすっかり痩せて歩くのがやっとだったが、他人が家に入るのを嫌がった。説得してやっと訪問リハビリを受けることになった日、看護師と療法士が訪れた。その看護師の首に巻かれているマフラーを見て眞弓ははっと驚いた。いつか無くしたマフラーそっくりだったから。
「いいマフラーですね」と声をかけると看護師は微笑んで答えた。
「頂き物なんですけど、とっても気に入っているんです。手触りがよくて。
それにこれを使い始めてから肩の痛みが減ったんですよ」
「マフラーさん、あなたはわたしが買ったマフラーなの?だったらどうしてここに来たの?」眞弓の心の声にマフラーは答えた。
「そうですよ、長い物語話して聞かせてあげたいけど、声がでないからそれは無理。でもまた会えて嬉しいわ」
おわり
小牧さんの企画に参加させてください。
小牧さんお世話をおかけしますがよろしくお願いいたします。