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心配性

 私は心配性だ。一つ気になることがあるとどんどん想像が広がり、収拾がつかなくなる。母も心配性で「いろんなこと心配してきたけど、歳とってきたら、もう直ったわ」と言っていたが、あれは嘘だ。亡くなった母の歳を超えても、わたしは相変わらず心配性だからだ。心配性というものは歳をとれば治る、と私を安心させたかったから、母はあんなことを言ったのだ、と思う。
 確かにいろいろな経験を経て、以前ならもっと大事に思えたことが、さほどでもなくなってきている、という自覚はある。一度大きな病気をすればその後の病気は「ああいう大病を乗り越えてきたんだから、これしきのこと、私は大丈夫」と思える・・・こともあるから。

 先週、右足の踵にピリリと痛みを感じた。歩くたびに痛む。小さな棘が刺さったような痛みだ。目を凝らすと、踵のまんなかあたりが少し赤くなっていて、触ってみると、しこりもある。どうしよう?医者にいくほどのこともないかな?
 でも、あるお年寄りが足の裏に痣みたいなものができて、何だろう、と思って診てもらったら、皮膚ガンで、即入院になったことがあった。手術を受けて、右足だけはつま先だけで歩いていたら、足腰が痛くなって大変だった、とも聞いた。でも、あのときは痛みはなかったと言ってたなぁ・・・
 3日悩んだが、痛みはすこしずつ強くなっているようにも感じ、意を決して皮膚科にいくことにした。幸い近所にはお医者さんが揃っている。一昨年あたりできたビルに眼科、皮膚科が入ったし、その近くに名医だと評判の耳鼻科もある。歯医者に至っては角ごとにある、といっても過言ではない。

 一番痛みがひびかない底厚のスニーカーを履き、まだ新しいビルの匂いのする皮膚科待合室にそっと入った。3人ほど先客、いや先患者がいたので、
はじのソファに座り、俳句の本を取り出した。
 
 バスを待ち大路の春をうたがはす   石田波郷

 「『うたがはす』という強い否定表現で、間違いなく春が来たという実感が堂々とうちだされています」
 いい句だ。でも、これも健康であってのこと、もし足が大変な病気だったらバスどころじゃない・・・順番待ち我は病をうたがひつ

 と、思考がここまできたところで、名前を呼ばれ、診察室へ・・・
お医者さんは40歳?くらいの女性で美人だ!私が男なら「うわぉ!」と言ってしまいそう。半分マスクで隠れてはいるがアイメイクばっちりで、マスカラが塗られたまつ毛がくるんと反りあがっている。

 右足の靴下を脱いで、痛む箇所を指差すと、厚さ5センチもあるような天眼鏡と言うか、虫眼鏡でじっくり見て下さる。そして赤くなったところをぐっと抑える。「あ、そこ、痛いです」と涙目でいう私。なんと横にいた看護師さんも、ビニール手袋をはめた手で私の足をつかむと、同じように、ぐいっと押す。

 「う~~んなにか小さな傷ができて、そこからばい菌がはいったんでしょうね。」
 「あの、ガンじゃないでしょうか?」
 「ああ、そういう悪い病気じゃありません。塗薬だしておきますから、
1日3回くらい塗って様子を見て下さい」
 ちょっと笑う看護師さん。
くるり椅子の向きを変え、視線はパソコンへ戻ってしまったお医者さん。

 で、薬局で塗薬をもらい帰ってきた。なんと、それだけで、少し痛みが
ひいたよう・・・お医者さんとは凄いもの。それから3日ほどで痛まなくなった。今ではあの心配はなんだったんだろうと思う。

春光や足癒え軽きスニーカー   

               おわり

 


 


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