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ほんとの私

 眠れないのが怖かった。ろくなことを考えないからだ。暗い中にたった一人。悩みを紛らわすものがない。父がいるころは日々進んでいく認知症が怖かった。電話に出られなくなり、着替えの順番がわからなくなり、誰かがそこにいるなどと言い出すし、ああ…この先どうなるんだろう、と、恐れた。
 友だちに「毎日ゆるい拷問にあってるみたいだ」と打ち明けると、彼女は困った顔のまま黙っていた。それはそうだ。実体験がないと答えに困る。無責任なことは言えないし。
 睡眠導入剤が欠かせなくなった。眠れるときに寝ておかないと、身体がもたないし、少しでも眠れば現実から逃げられる。夜中に何度も起こされた日もあったが、気を張っていたせいか薬を飲んでいてもしっかり目覚めた。

 父が亡くなって思い切って薬をやめてみたら、それでもスーッと眠りにつけた。なんだ、眠れるじゃない。夜中に目が覚めても、考える時間が出来たと思えば儲けもの。集中して考えられるので、夜中に生まれた詩や俳句はなかなか傑作だ。無理してでも考えると、余計な悩みが追い出せて一石二鳥でもある。
 朝方やっと訪れた浅い眠りのなかで、いろんな夢を見る。今朝の夢は
どこか研修所みたいなところで、講師をしている方(知っている人らしい)
が、私に言う。
 「あなたのこと嫌いです。分かっているふうな顔して、なんか小賢しい。鼻につくんですね。Kさんの方がずっといい」
 Kさんというのは、同僚で、パソコンが苦手。「ここどうするの?」と入力の仕方を聴いてくるから、答えてもすぐ分からなくなり、「あの、さっきのことだけど」とまた声がかかる。3度目ともなると、ちょっといらつく。けれども人間的には魅力的な人で、お年寄りからは好かれるし、彼女がいると職場がふんわり優しい雰囲気になる。
研修が長引いた帰り道には
「お腹空いたね、ほらバナナどうぞ、元気が出るよ」
と、分けてくれる。バナナを食べながら二人で歩く夜道はなかなか楽しい。

 さて、夢のなかの私は結構強気で、その講師さんの言葉に言い返す。
 「分かりました。私が嫌いでもかまいません。でも講師としてそういうことを軽々しく言うのはどうなんでしょう。もうここには来ませんから!」
 場面変わって昔近所で優しくしてくれたUさんの家。寝坊してやっと起きて居間に行くとUさん
「大変だったんだからゆっくり寝ていていいのよ」
なんと優しい・・・
そこで目がさめ、はっとした。
「分かっているふうな顔して、なんか小賢しい」当たっている。私そのものだ。私は私をよく分かっている・・・

 眠れぬ夜を過ごし、やっと訪れた浅い眠りの中で、普段は隠している
「本当の自分」や、優しさをもらった「懐かしい人々」とも出会う。
 不眠症も悪くない。と、思おう。

            おわり


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眠れない夜に

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