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【時に刻まれる愛:2-7】父に刻まれたボクの記憶

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幼い子供

城のアトリエにある、母が描いた絵をボクはしばらく見ていた。

父と母とボク。
3人が楽しそうに食事を摂っている絵だ。

本当にあの頃は幸せだった。
ボクはしばらく、その絵を見ながら懐かしんでいた。

ふと我に返ると、ボクはアトリエの中を見渡した。

ん?アトリエの隅にも、イーゼルに絵が立て掛けてあるな。
こっちの絵は何だろうか?

ボクはその絵に近づいた。

「これは・・・。」

ボクは思わず、そう呟いた。

その絵は、母がボクを抱き上げている絵だった。
ということは、父が描いた絵なのだろう。

父の絵の出来栄えも、なかなかのものだった。

まだ小さいボクが、母に抱き上げられている。
母は満面の笑みで、ボクを自分の背よりも高く抱き上げている。
ボクは嬉しそうにはしゃいでいる。

そんな様子を描いた絵だった。

父も母も、幸せそうなボクの絵を描いていたんだ。
ボクは、両親からの大きな愛を、改めて感じた。

「あの頃は・・・」
と言い掛けたところで、ボクは言葉を必死に止めた。

もう、過去にすがるのはやめて、乗り越えなくてはいけない。

でも、頭の中をグルグルと同じ思考が巡っている。

あの頃・・・、
ボクが、こんなに小さかった頃・・・、
父や母の大きな愛に包まれて、大切に育てられたんだな・・・。

いつの間に、すっかり大人になった。

でも、ボクはまだ・・・。
いや、乗り越えないと・・・。
前に、進まないと。

そのために、この城に来たのだから。

学習のすゝめ

母が描いた絵。父が描いた絵。
それらを見ながら、気づけばボクはまた、物思いに耽っていた。

昔の記憶が湧き出てくる。

父は、小さい頃からボクに大いに期待をしてくれていた。

本当に小さい頃には、積極的にボクに本を読み聞かせてくれた。

母も物語を読んでくれたし、父は科学の本を読んでくれた。

ボクが自分で本を読めるようになると、父はボクに新しい本を次々と与えてくれた。

『お前は、
 お祖父さんやお父さんの
 賢い頭脳を継いでいる。

 たくさん勉強すると良い。
 
 そうだ、君に課題を与えよう。
 この本を読んで、
 発見したことを
 お父さんに教えてくれ。』

こんな風に、父はボクに、本と課題を与えるのが好きだった。
ボクも、それに応えるのが好きだった。

ある時、父に聞いたことがある。

「ねぇ、お父さん。
 
 どうして子供は
 勉強をしないといけないの?

 もちろんボクは、
 勉強は好きなんだけど、
 でも、どうしてかな?と思って。」

20歳の今となってみると、この手の質問は、時に大人を困らせる種類の質問であることが分かる。

しかし、あの時、父はすぐに答えてくれた。

まっすぐな目でボクを見ると、こう教えてくれた。

『拓実。

 その答えを見つけるために、
 勉強するんじゃないか。

 人生の中で、

 学んだことが
 いつ、どうやって役に立つのかは、
 誰にも分からないんだ。

 でも、多くの場合、
 気づかぬうちに、
 学んだことが力となっていて、
 また気づかぬうちに、
 それを使っているのだ。

 拓実。
 お父さんは明日、
 朝9時から会議がある。
 
 ここから会社までは1時間かかる。

 では、何時に出れば良い?』

ボクは呆れながら答えた。

「そんなの、かんたんだよ。
 朝8時までに家を出る必要がある。」

父は続けた。

『そうだな。
 お前にはかんたんすぎる算数だ。

 そう、これは
 基本的な引き算で計算ができる。

 だが、
 お前は引き算を勉強していた時、
 誰かとの待ち合わせのために
 その計算が使えることを
 イメージしていたか?』

ボクは、父が言いたいことを理解しようと努めながら答えた。

「いや・・・。
 その時はただ、
 計算のやり方を・・・。」

父はさらに続けた。

『そうだろう。
 でも、実際には
 計算というのは
 退屈で役に立たない取り組みではなく、
 できるようになれば、
 人生を正確で有利に進める
 一つの武器になる。

 今は、シンプルな例を出したが・・・』

父が、ここまで言ったところでボクが続けた。

「そうか!
 学んだことが増えると、
 もっといろんなチャンスが
 生まれるんだね。

 じゃあ、勉強って、
 人生のチャンスを作るために
 やるんだね。」

父は、誇らしげにうなずきながらまとめた。

『そうだ。
 だから、
 今やっている勉強が、
 いつ、何に使えるのかは
 分からない。

 だが、それは、
 人生の中で、
 気づかない間に力となり、
 お前の言うように
 チャンスとなるのだ。』

・・・父は、こういう話をたくさんしてくれた。
父と過ごした時間は、今となってはとても短かったけれど、人生で大切なことを、父はたくさん教えてくれた。

人間力

父はほかにも、習慣にこだわるように教育してくれた。

例えば、時間だ。

父はいつも、時間を気にしていた。
懐中時計で、こまめに時刻を確認しては、きっちりと予定をこなしていた。

食事もいつも決まった時間に摂っていた。
朝起きる時間も正確で、仕事に行く時間も予定から遅れることはなかった。

ボクや母の誕生日を忘れることもなく、必ずお祝いをしてくれた。

「お父さん、
 時計みたいに正確だね。」

ボクは、そう言ったことがある。

父は極めて真剣な顔で答えた。

『習慣だ。
 これが人生で
 最も大切な原則だ。

 私たちは、
 時の中で生きている。

 その時を、
 どう使うかで、
 人生は変わるものなのだ。

 時間にこだわり、
 体に染み込ませなさい。
 それが習慣となる。』

小さい頃は深く理解できなかったが、このように父が教えてくれたことは、今でもはっきりと覚えていた。

受け継がれる者

父や母が描いたボクの絵を見ながら、幾つもの思い出が、渦のようにボクの中を駆け巡った。

その思考の渦は、ある中心点に向かってボクを引き込もうとしている。

・・・20歳を迎えた今、この大きな城と、そこに刻まれた大きな責任を、ボクは父から継承された。

しかし、ボクはまだ、父と母の子供のまま。

いや、それは永遠にそうなのだが、そういう意味ではない。

父が期待してくれていたような、強く立派な存在になれたのだろうか。
到底、そうは思えない。

父のあまりに大きな遺産を、受け継ぐだけの器がボクにはない。

ボクはまだ、子供のままだ・・・。

答え

悪夢のような思考の渦が、ボクを久しぶりに灰色の世界へと堕とそうとしていた。

10歳の頃、父を失い、さらには母とも離ればなれの生活になった。
絶望的な孤独の中、ボクは自分の世界に閉じこもった。

その世界には、もう戻らない・・・。
そう決意して、ボクは変わった。

時が経ち、ボクは成長し、もう大丈夫だと確信して、この城に乗り込んできた・・・。

それなのに・・・、複雑な思考の渦が、ボクをあの灰色の世界へと再び引きずり込もうとしている。

ボクは、思わず頭を抱えた。

・・・その時だった。

心の中で、父の声が聞こえた。

その声は、これまでに見つけた父からの手紙にあったいくつかのフレーズをボクの心に投げかけてくる。

人生には、行き詰まる瞬間がある。
そんな時、新たなヒントを得ようとする必要はない。
今あるものに目を向けろ。

答えはそこにある。

拓実。

立派に成長したじゃないか。

お前がたどり着くことを期待し、待っている。

父より。

ボクは、我に返った。

「・・・はっ!
 お父さん!」

ボクは、あることを思い出し、二番目の手紙を取り出した。

No.2

拓実。

立派に成長したじゃないか。

ここに手が届いたなんて、大きくなったんだな。
その成長を誇りに思うぞ。
ありがとう。

今のお前には無限の可能性がある。
自分の輝きを見誤るな。

薔薇は、一本でも心を打つほど美しい。
だが、無数に咲く薔薇たちは、どこまでも広がる無限の魅力そのものだ。

今のお前が持つ、無限の可能性。
しかしそれは、無数に関わる周りの人たちの恩恵を受けていることを忘れてはいけない。

分かるな?

数え切れない無数の薔薇たちを見つめ、愛に刻まれた薔薇の中から己の道を知るのだ。

答えは、すでに出ている。

お前がたどり着くことを期待し、待っている。

父より。

ボクは、手紙を読んで、小さな声で、でもしっかりと言った。

「お父さん。
 ありがとう。

 答えは、ここにあったよ。

 ボクは、一輪の薔薇だよね。

 お父さんやお母さんが
 その薔薇を大切にしてくれていた。

 ボクとお父さんの違いは、
 能力なんかじゃない。

 お父さんは、
 一輪でもすごい薔薇だけど、
 周りの人みんなと
 たくさん繋がりを作っていた。

 ボクは、一人で
 頑張ろうとしていた。

 一人では限界がある。

 でも、周りに目を向けて、
 そのつながりを大切にすれば、
 きっとボクにも、
 無限の可能性が広がるはず。

 お母さん、爺や、
 守衛さんたち、
 船を漕ぐ木こり、
 母に薔薇の手紙を贈る人。

 ・・・ボクにも、
 今、この時から、
 きっと何かができる。
 
 ありがとう、お父さん。」

・・・気づけば、思考の渦は消え去り、清々しく胸を張った自分だけが、そこに立っていた。

たくさんの薔薇に囲まれた、そのアトリエの中に。

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