見出し画像

【時に刻まれる愛:2-11】忘れかけた子供部屋

▼全編マガジンで公開中▼


忘れていた忘れ物

10年ぶりの自分の部屋は、あの頃よりも随分と狭いように感じた。

ベッド、本棚、それから勉強机だけがあるシンプルな部屋だ。

そのベッドの上に、リュックサックが置いてある。

中を開けると、恐竜の絵の描かれた大きな缶が入っていた。

それは、ボクが忘れてしまっていた大切な物だった。

ただ、こうして目の前にすると、それが何なのか、はっきりと思い出せる。

そう、あれは・・・、この城から、隠れ家へと引っ越しをする日だった。

当時のボクには理由は分からなかったが、その引っ越しは突然に行われた。

もちろん、今ならその理由も分かる。
de・hat社に父が消されて、ボクや母にも危険が迫っていたのだろう。
すぐに、この城を出る必要があったのだ。

ボクは、隠れ家へ持って行く荷物をまとめていた。
その一つが、このリュックサックだったのだ。

あの時は、住み込みのお手伝いさんたちが、部屋から車へと荷物を運んでくれた。
それから守衛の一人が、隠れ家までボクらを車で送り届けてくれたのだ。

爺やが合流したのは、ボクらが隠れ家に着いてからだった。
ボクが爺やのことをきちんと認識したのは、この時が初めてだった。

城にいた頃には、お手伝いさんや執事たちがたくさんいたから、爺やのことを認識していなかったのだ。

とにかく、そんなふうにバタバタと隠れ家に移ったので、自分の部屋に恐竜の缶が入ったリュックサックを忘れて来てしまったようなのだ。

それがボクのせいなのか、荷物を運んでくれたお手伝いさんが忘れたのかは分からない。

でも、隠れ家に住み始めてまもなく、ボクはそのリュックサックが無いことに気づいたんだ。

そう、気づいたのに・・・そこから始まった灰色の日々の中で、その忘れ物の存在そのものを、ボクは忘れていってしまったのだ。

ボクにとってそれは、父との思い出を詰め込んだリュックサックだった。

リュックサックの中に入れた恐竜の缶の中には、実を言うと、本物の恐竜の化石が入っている。

今、このリュックサックを見てから思い出したことなのだが、父の経営している会社の一つには、化石の発掘や研究を行う会社があった。

父は、その会社で見つけた化石を、いくつかボクにプレゼントしてくれた。
それから父は、その化石がどんな種類の恐竜のものなのかということや、化石から分かってきた恐竜時代の不思議について話をしてくれた。

ボクは、その話をワクワクしながら聞いていた。
幸せな時間だった。

その幸せを忘れまいと、缶に詰め込んだつもりだった。
恐竜が描かれた缶の中に。化石と、思い出を。

それなのに、そんな大切なものを置き忘れてしまうほど、父の死が、あるいはボクらに迫った危険が、全てを変えてしまったのだ。

そんなことを思い出しながらボクは、この10年間でリュックサックに付いた埃を取り払い、そのリュックサックを背負った。

「今度は置いて行かないよ。」

その言葉は、誰に向けて言ったのか、自分でも分からなかった。

化石に向けて・・・。
ボク自身の思い出に向けて・・・。
父と過ごした時間に向けて・・・。

窓に手を振る男

ボクは、自分の部屋を少し掃除することにした。
そうしたかったのだ。

たしか、ボクの部屋を出て階段の方に行く途中に、掃除道具が入っている小さな部屋があったはずだ。

階段から見て、一番手前にある書物庫。
その向かい側に、掃除道具を収納してある部屋がある。

あの頃は、お手伝いさんたちが、よくそこで掃除道具を管理していた。

ボクはその部屋からいくつかの掃除道具を持って来た。
そして、自分の部屋を掃除し始めた。

まるで10年という時を埋めるように。
ボクは黙々と部屋を掃除した。

埃などを片付けながら、ボクは三番目の手紙の一節を思い出していた。

お前の中で、まだ止まったままの時があるのではないか?
それは、この城の中にも。

過去、現在、未来は同時に存在する。
私もずっとお前といる。
さぁ、一緒に前に進もう。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

三番目の手紙の、この部分がすごく気になっていた。

この内容から、ボクは次のヒントが、城の中に眠っていたボクの部屋にあると判断した。

「ボクの中で止まった時・・・。
 それがこの城の中にもある、
 ということは、
 やっぱりこの部屋だよな。」

部屋を片付けながら、独り言を続けた。

「それに・・・、
 最後の文章・・・。」

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

「・・・これは、
 この部屋の窓のことだよな。

 ボクがこの窓から
 お父さんの帰りを待っていたのを、
 知っていたんだな。」

気づけばボクは、部屋をすっかり掃除し終えていた。

「そういえば・・・、」

ボクは突然、思い出した。

「お父さんが一度、
 城の門のところで車を降りて、
 ボクの方に
 手を振ってくれたことがあったな。」

父はやはり、その小さな窓から、ボクが父の帰りを楽しみに待っていたのを、知っていたのだろう。

たとえどんなに小さくても、父とボクは心で繋がっていた。
そう思えた。

きっと、それは今も同じだ・・・。

三番目の手紙の一節、

お前の中で、まだ止まったままの時があるのではないか?
それは、この城の中にも。

過去、現在、未来は同時に存在する。
私もずっとお前といる。
さぁ、一緒に前に進もう。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

これは、そういう意味もあるんじゃないかな?

ボクは、そう思っていた。

赤の加筆

さて、部屋もすっかり片付いた。

ボクは、念の為に、窓を慎重に調べた。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

この一節が窓のことを意味しているのなら、窓にヒントがあってもおかしくない。

いや、その可能性は高い。
ボクはそう考えていた。

ただ、どれほど丁寧に調べても、窓には何もなかった。

窓からは、爺やが見える。
注意深く、辺りを見渡している。

「ヒントは窓じゃないのか・・・。」

ボクはそう言うと、今度は久しぶりに自分の勉強机をじっくりと見てみた

机の上に何冊か本が積んである。
ボクが大好きだった物理の本だ。

本のタイトルを見ただけで、内容を全て思い出せる。
それくらい読み込んだ本なのだ。

「懐かしいな・・・。」

そう言いながら、その本をパラパラとめくった。

すると、ボクは驚いた。

本の中に、たくさんの加筆がされている。
赤いペンで、本の説明対して、より詳しい説明を書き込んであるのだ。

誰が書き込んだのかは、字を見ればすぐに分かった。
父だ。

「そうだ。
 お父さんはこうやって、
 本の内容を
 ボクがより理解できるように、
 自分の手作業で
 加筆をしてくれていたな。」

机に積まれていた他の本にも、中に赤い加筆があった。

仕事、遊び、教育、人生・・・
どんなことにも熱心な父の姿が、ここにもあった。

「そういえば爺やが昔、言っていたな・・・。」

ボクは、すごく大切な話を思い出そうとしていた。

▲全編マガジンで公開中▲

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?