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【時に刻まれる愛:1-8】父からの贈り物

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裏側

爺やと、もう一度、書物庫の奥にある隠し部屋へと歩いた。

その間、ずっと爺やの言葉が気になり続けていた。

『坊っちゃま。

 真実を知りたければ、
 裏側までよく見ることです。』

あの言葉の意味はいったい・・・。

書物庫に着くと、今度はボクが秘密の扉を開けた。

書物庫の一番奥には、父の家から持ってきた父の本だけを収納した本棚がある。

その中でも、特に古い本が一冊だけある。その裏側に、秘密の扉を開けるスイッチがある。

「そうか、これも裏側か。」

思わず、そう呟いた。

爺やは、ふふふと笑った。

隠し部屋の扉が開く。

中の様子は昨日のままだ。

変わったことといえば、父との写真が入った額縁を一つと、黒い宝箱の中にあった父の家の権利書と、その家の鍵を、ボクが自分の部屋へと持って行ったことくらいだ。

「本当に、この部屋はもうずいぶん調べたんだけど。」

ボクがしびれを切らしてそう言うと、爺やは黒い宝箱を指さした。

「ん?この箱?
 もう、空っぽだけどな。」

黒い宝箱は、昨日ボクが開けてから、開きっぱなしのままだ。
何の変化もない。

ボク自身がその箱から、権利書と鍵を持ち出したので、空っぽなことは分かりきっている。

それに、改めて見てみても、どう見ても空っぽだ。

念のために箱の内側を手で触りながら、ボクは答えを催促した。

「爺や。
 空っぽだって。

 裏側って言ったって、
 この箱の底には何も・・・」

そう言いかけて、ボクは気づいた。

箱の裏側か?

ボクは箱を逆さにしてみた。

爺やがまた、ふふふと笑った。

箱を逆さにすると、底面に小さな扉が付いていた。

ようやく爺やが口を開いた。

『どうぞ、開けてごらんなさいませ。』

ボクは爺やの言葉のとおりに、その小さな扉を開けようとした。

ところが、古い箱なので、その扉は少し固くなっていたようだ。
ボクは、胸ポケットからペンを取り出すと、扉の隙間にペン先を差し込み、テコの原理で扉を外した。

すると、1通の手紙のようなものがポロッと落ちてきた。

箱の板1枚の厚さに、見事に納めたものだ。

ボクはその手紙を拾い上げて、目を通した。

手紙

手紙に目をやると、一目で父の字だと分かった。

力強くて、でも優しい字だった。

手紙には、こう書かれていた。

拓実へ。

20歳の誕生日、おめでとう。

直接、お祝いの言葉を言えず、
また、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない。

もう大人の君に、大切な贈り物がある。

さまざまな事情で、私の家は捜索される可能性があったから、
すぐには分からないように隠してある。

お前なら、辿り着けるだろう。
私の、本当のメッセージへ。

父より。

追伸:

夢を追う二人の親子は、
まるで円盤を駆け巡るように
永遠に時の中を周り続けるのだろう。

時間とは、数字であり、
それは時に、残酷なものだ。

手がかりは、いつも裏側にある。

親子の間に刻まれた時間を、
正しく見つめ直すのだ。

父の字を見たのは久しぶりだった。

湧き上がる感情を抑えながら、ボクは爺やの方を見た。

爺やはボクを見ながら、静かに言った。

『お父上からの贈り物は、
 これが全てです。

 邸宅の権利、鍵、そして手紙。

 この三つを
 必ず渡すように
 命ぜられました。』

ボクは手紙を畳むと、隠し部屋を後にした。

その手紙を、すぐにもう一度読みたいのだが、自分の部屋でじっくりと読みたかったのだ。

心の蓋

部屋に戻り、何度も手紙を読んだ。

ボクの中から、何かが溢れてくる。

死んだ父のことを受け止め、入院が続く母のために、自分を変えようと思ったあの日から、ずっと蓋をしてきたものが。

何度読んでも、まるで近くに父がいるような感覚だ。

「お父さん、お父さん・・・。」

こんな風に泣くのも、久しぶりだった。

父には、すべてがわかっていたのだろう。

まるで、この隠れ家に移り住んでからのボクを知っているような書き方だ。

でも、ボクももう子供じゃない。

父が、自分の死を覚悟した上で、どんな気持ちでこの手紙を書いたのかと思うと、余計に辛かった。

手紙の中で感じる父も、あの時のままだったから。

優しく、強く、賢く、いつも支えてくれる存在。

父がいたから、ボクは安心して走り回れた。
父がいたから、ボクは強くなった気がしていた。
父がいたから、どんなところにでも探検できた。

父がいたから。
お父さんがいたから。

そう、本当はずっと寂しかった。

寂しいということを口にしたかった。

でも、蓋をしたんだ。

自分の人生を変えるために。
世の中には、変えられるものもあると証明するために。
父のために。母のために。

その心の蓋が、久しぶりに開いた。

ボクは、泣きたいだけ泣いた。

永遠の時の中で

泣き疲れて、ボクは少しの間、眠りに落ちたようだ。

かなり久しぶりに、あの夢を見ていた。

『こら、拓実。
 そんなに遠くまで走ったら、危ないだろう。』

後ろから、父の足音が聞こえる。

父が見つけてくれることを期待して、ボクは木の影に隠れる。

『ほら、拓実。
 そこにいるんだろう。見つけたぞー。

 さて、そろそろ戻らないとな。
 夕飯の時間だぞ。
 さぁ、出てきなさい。』

父の優しい声に見つかって、ボクは安心して木陰から姿を現した。

・・・また、あの夢だ。

夢の中で、これが夢であると分かる時がある。

この悪夢は何度も見てきたから、いつもその感覚なのだ。

いつもなら、木陰から姿を現すと、父が消えている。
そういう悪夢なんだ。

でも、今回は違った。

「お父さん?」

そこに、父がいた。

『だいぶ速く
 走れるようになったじゃないか。

 お前もずいぶん、
 成長したんだな。

 偉いぞ!拓実。』

父はボクを抱き上げると、グッと抱きしめた。

「お父さん、
 会いたかったよ・・・。」

ボクは父の肩で泣いた。

低く、力強く、安心感のある声で、夢の中の父は言った。

『どうした?
 お父さんは、
 いつも近くにいるぞ。
 ずっとお前を守るからな。』

自分の目から涙が溢れる感覚で、ボクは目を覚ました。

どうやら、わずか15分ほど眠っていたようだ。

父に会えたその短い時間が、永遠の長さに思えた。

ボクは涙を拭きながら、

「ありがとう、お父さん。」

そう呟くと、自分の部屋を出て爺やの元に向かった。

薔薇の香り

その日、ボクは母の見舞いに行きたいと爺やに伝えていた。

爺やを探すと、そのための支度を済ませているところだった。

ボクを見つけると、爺やが優しく微笑みながら言った。

『お手紙は、いかがでしたかな?』

ボクは苦笑いしながら言った。

「爺や。
 手紙のこと、知っていたんでしょ?」

爺やは、真っ直ぐに答えた。

『えぇ、もちろん。
 その手紙が
 拓実坊っちゃまに
 しっかり渡るように、
 お父上にことづかりましたからな。』

ボクは重ねて聞いた。

「手紙の内容も知っていたの?」

爺やは、すぐに答えた。

『いえいえ。
 それは知りませぬ。

 どんなお手紙だったのか、
 聞いてもよろしいのでしょうか?』

ボクは、得意気に答えた。

「それは内緒だね。」

そう答えるのを分かっていたように、爺やは冗談を言った。

『さぞ、
 大切なお手紙だったようですな。

 私にも欲しかったものです。』

ボクらは思わず笑った。

それからボクらは、母の病院へと見舞いに行った。

相変わらず、病室での様子は元気そうだ。

母の病室は、今日も風が通っていて、雰囲気が良い。

ベッドの横のテーブルには、もうどっさりと同じ封筒の手紙が積み重ねられていた。

「その友達、ずっと手紙をくれているんだね。」

ボクがそう言うと、母は嬉しそうにうなずいた。

フワッと風が吹くと、外から薔薇の香りがした。

窓から病院の中庭を見ると、たくさんの薔薇が咲いていた。

「お母さん、
 よかったじゃない!

 お母さん、薔薇が好きだもんね。
 
 お父さんの家でも、
 よく薔薇を飾っていたでしょ?」

母はまた嬉しそうにうなずいた。

その言葉で、ボクは本題を思い出した。

ボクは父の家に行く。

でも、そのことを母に知らせて心配をさせたくはない。

今、こんなに元気そうなのだから。

そう、今日来たのは、ボク自身のため。
母の顔を見てから、出発したかったから。

ただ、母に何を言えば良いのか言葉が見つからず、ついつい例の、

「お母さん、ボクは大丈夫だから」

と言いそうになったところで、母の方から、誕生日おめでとうと言われた。

「あ、ありがとう。

 お母さん、
 本当にありがとうね。

 またすぐに来るよ!」

母の穏やかな視線を背中に感じつつ、ボクは病室を後にした。

爺やと車に乗ってからも、しばらく薔薇の香りが漂っているようだった。

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