見出し画像

【時に刻まれる愛:2-10】第三の手紙

▼全編マガジンで公開中▼


父の願い

城の隅にある母のアトリエ。
そこで見つけた、愛に刻まれた薔薇の中にあった、第三のヒント。

ボクはそれを手にすると、アトリエの裏にある薔薇の庭園へと歩いた。
父と母とボク。3人でよくランチをした、薔薇の庭園のテーブル。
ボクはそこで、第三のヒントを確認することにした。

どこまでも広がるような、優しい薔薇の香りがしていた。

さて、第三のヒントも、第一、第二と同じような封筒だ。
触った感じで、これまでと同じように、手紙とカードと懐中時計が入っていると思った。

封筒の中を見てみると、やはりそうだった。

まずは手紙を見てみよう。

第三の手紙はなんと書かれているのか。

ただ、その前に、ボクは第三の手紙の先頭に「No.3」と書いた。
ここまでに見つけた手紙が増えてきたので、忘れないようにメモをしておきたかったのだ。

これでよし。

では、第三の手紙を読んでみよう。

No.3

拓実。

ここに帰ってきて、たくさんのことを思い出した頃だろう。

そうだ。
このアトリエで、よく3人で食事をしたな。

お母さんは元気か?
本当は私も、ずっとあのまま3人で幸せな生活を送り続けたかった。

過去を振り返るのも悪くない。
だが、忘れるな。
お前の未来は、この先の時間にある。

時を前に進めろ。

決して、時間に対して油断をするな。
心に刻んであるな?

お前の中で、まだ止まったままの時があるのではないか?
それは、この城の中にも。

過去、現在、未来は同時に存在する。
私もずっとお前といる。
さぁ、一緒に前に進もう。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

父より。

この手紙は、今までの手紙よりも、いろいろと考えるところのある内容に思えた。

率直に、このフレーズが心に刺さった。

お母さんは元気か?
本当は私も、ずっとあのまま3人で幸せな生活を送り続けたかった。

そうか。
当たり前だけど父は、母が不治の病のせいでずっと入院生活をすることになるなんて、これを書いた時には予想できなかったはずだ。

いや、もし母の病気がずっと前からあったのなら、病気のことは知っていた可能性もある。

でも、まさかこんなにも長い間、母が病院での生活を強いられることになるなんて、それは父にも予想できなかっただろう。

だから、『お母さんは元気か?』というフレーズなのだろう。

それから、次のフレーズも、これまでの手紙の中で一番・・・、父の気持ちが痛いほどまっすぐに書かれていると思った

本当は私も、ずっとあのまま3人で幸せな生活を送り続けたかった。

・・・そうだ。
父だって、ずっとあのまま・・・。

ボクの父が描いていた理想の未来とは、どんなものだったのだろう。

父と母とボク。ずっと3人で笑って過ごせる日々が永遠に続くと思っていたのだろうか。

関わる人みんなが幸せそうで、強い絆でつながり、明るい人生を共に支え合う姿を想像していたのだろうか。

開発したhopeという薬。その薬で世界から死の悲しみが消え、人々が新しい生き方を謳歌する世の中をイメージしていたのだろうか。

でも、今は・・・。

手紙から目を離すと、穏やかな薔薇の庭園が、どこまでも広がっていた。すごく平和に見える。それはあの頃と変わらない。

ただ違うことは、この城の中に、今はボク一人しかいないということ。

家族は離ればなれになり、城には10年間も誰も出入りしておらず、de・hat社によって父の開発は完全に揉み消されてしまった。

父の願いは、叶わなかった・・・。

お母さんは元気か?
本当は私も、ずっとあのまま3人で幸せな生活を送り続けたかった。

この、わずか二行の、父の純粋な言葉が、逆に残酷な現実を際立たせていた。

三つ目が二つ目

次にボクは、三番目の手紙に同封されていたカードに目をやった。

お前の
2nd

「なんなんだよ、このカードは・・・。」

思わずボクは口にした。

ボクは、胸ポケットから、一番目と二番目の手紙を取り出した。

一番目と二番目の手紙の裏には、それぞれに同封されていたカードの内容をメモしている。

ボクはそれらを見た。

一つ目のカードの内容。

宝は
1st

二つ目のカードはこれだ。

お前がかち
4th

相変わらず、このカードだけは手掛かりが少なすぎて判断ができずにいた。

1つ目のカードに『1st』と書かれているのは理解できる。
ただ、二つ目のカードに『4th』、三つ目のカードに『2nd』と書かれているのは、どういう意味なのだ。

「三つ目が・・・二つ目?
 2ndってことは、
 二つ目ってことだよな・・・。」

ぶつぶつと言いながら考えてみても、何の規則性も見つからず、分からないままだ。

とりあえず、三番目の手紙の裏にも、三つ目のカードの内容と懐中時計の時刻をメモしなければ。

ボクは三つ目の懐中時計を手にした。

父のいない時間

三つ目の懐中時計は、これまでの二つの懐中時計よりも、少しだけ小さいもののようだ。

やはり、三つ目の懐中時計も止まっていて、特定の時刻を示していた。

ボクは三番目の手紙の裏に、先ほどのカードの内容と、この懐中時計が示す時刻をメモした。

お前の
2nd

2時20分

カードの内容は意味が分からないままだが、時刻についてはこれまでもヒントを得てきた。

一つ目の懐中時計が示す時刻は、12時10分で、ボクが父と母にわがままを言った出来事がこれに該当していた。

二つ目の懐中時計が示す時刻は、1時15分で、時間に正確な父が一度だけ食事に遅刻をしてきた出来事がこれに該当していた。

これらの記憶を辿ることで、今回の第三のヒントに辿り着いた。

・・・ってことは、三つ目の懐中時計が示す2時20分という時刻にも、何かの手掛かりがあるのか。

2時20分・・・。

少し考えてみたが、すぐには思い出せそうにない。

ボクは必死に考えていた。

2時20分っていうと、昼を過ぎた頃の時間・・・。

この城にいた頃は、ボクは小学校の低学年だったのだが、ちょうど2時20分ごろに帰って来ていたな。

父が失踪し、ボクらがこの城を後にしてからは、ボクはそのショックで学校に通えない時期があった。

でも、ここにいた頃は、楽しく学校に通えていたな。
そして、だいたい2時20分ごろに帰宅していたんだよな。

学校から帰ってくると、ボクはアトリエの方に歩いて行き、よく母におやつをねだった。
母はボクに焼きたてのクッキーなどを与えてくれた。

ボクはそのクッキーを食べ終わると、父が夕方に帰ってくるのが待ち遠しかった。

自分を見つめよ

そうだ。
ボクは2時20分に学校から帰宅した後、アトリエで母とおやつを食べたりして、自分の部屋に戻るのがお決まりだった。

そして夕方、ボクの部屋の窓から、父が帰ってくるのを見つけるのが楽しみだったんだ。

この城にあるボクの部屋には窓があって、そこから城の門が見える。
いつもその窓から、父を乗せた車が帰ってくるのを見つけるのが楽しみだった。

三番目の手紙の一節。

お前の中で、まだ止まったままの時があるのではないか?
それは、この城の中にも。

これは、この城にあるボクの部屋のことか。

「次のヒントは、子供部屋だな・・・・。」

ボクはそう呟くと、薔薇の庭園からアトリエを抜け、中庭を歩き、城の中へと向かった。

しばらく、薔薇の香りが追いかけてくる。

ボクは歩きながら、不思議な気持ちになっていた。

この城の自分の部屋に戻るのも、10年ぶりだ。

その部屋に戻った時、ボクはどんなことを感じるだろうか。

十分に成長した自分を再確認するのだろうか。
あるいは、まだあの頃と同じ・・・未熟な自分に気づくのだろうか。

ふと、二番目の手紙の終わりの一節を思い出した。

父の声が、ボクの心に呼びかけているようだった。

数え切れない無数の薔薇たちを見つめ、愛に刻まれた薔薇の中から己の道を知るのだ。

答えは、すでに出ている。

お前がたどり着くことを期待し、待っている。

「・・・そうだ。
 恐れることはない。
 自分の道を見つけよう。

 そして、それは、
 たぶんもう答えが出ているんだ。」

そんな独り言を終える頃、ボクは中庭を抜けて城の方まで戻って来ていた。

薔薇の香りが、城の方まで届いている。

どこまでも届く薔薇の香りに包まれて、ボクは自分の道を知るために、10年ぶりに自分の部屋へと戻る。

ただいま

ボクの部屋は、城の3階にある。

城の1階は、ホールやダイニングルーム、キッチンなどが配置されている。

2階には、お客様をお通しする応接室などが並んでいる。

3階に、ボクらの部屋が並んでいる。

ボクは久しぶりに、城の階段を上った。

10年も経ったんだ。
城の中には誰も出入りしていないので、埃まみれだった。

階段には、蜘蛛の巣も張っている。

ボクは3階に辿り着いた。

その長い長い廊下の一番先には、父の書斎がある。
父の書斎の手前には、父と母の寝室があって、その手前には母の部屋がある。

そのさらに手前に、ボクの部屋がある。

階段を上がって、二番目の部屋だ。

一番手前の部屋は、たしか・・・。

ボクは、そのドアをゆっくりと開けた。

やはりそうだ。一番手前の部屋は、書物庫だった。

父が取り寄せた本。
母が好きな小説たち。
ボクが読んでいた本の数々。

長い間、誰にも手入れをされていないその部屋の様子は、この城の止まった時を感じさせるものだった。

さて、いよいよ、ボクの部屋だ。

ボクは10年ぶりに、その部屋の扉を開けた。

・・・不思議な感覚だ。

「ただいま・・・。」

自然と、この言葉が出てきた。

部屋の奥に窓がある。

ボクはゆっくりと窓に近づいた。

「この部屋から、お父さんが帰って来るのを見ていたんだ・・・。」

そう言いながら、ボクは窓の埃を、手のひらで払った。

あの頃のように、窓の外を見てみる。

城の門が見える。
爺やの車が門のところに停まっている。

少し覗き込むと、城の入り口のところで爺やが守衛と話をしている。

城の外は、今のところ安全なようだ。

ボクは振り返ると、改めて、自分の部屋を見た。

ベッドの上にリュックサックが置かれている。

ボクは、あることを思い出した。

そのリュックサックをゆっくりと開ける。

リュックサックの中には、恐竜の絵が描かれた大きな缶が入っていた。

「そうだよ、これは・・・。」

それは、ボクにとって大切な忘れ物だった。

▲全編マガジンで公開中▲

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?