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【時に刻まれる愛:2-14】事件は朝に


裏目

城の自分の部屋で、ボクは三つ目の手紙に目を通している。

No.3

拓実。

ここに帰ってきて、たくさんのことを思い出した頃だろう。

そうだ。
このアトリエで、よく3人で食事をしたな。

お母さんは元気か?
本当は私も、ずっとあのまま3人で幸せな生活を送り続けたかった。

過去を振り返るのも悪くない。
だが、忘れるな。
お前の未来は、この先の時間にある。

時を前に進めろ。

決して、時間に対して油断をするな。
心に刻んであるな?

お前の中で、まだ止まったままの時があるのではないか?
それは、この城の中にも。

過去、現在、未来は同時に存在する。
私もずっとお前といる。
さぁ、一緒に前に進もう。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

父より。

まず、ある一節がボクの心を突き刺す。

決して、時間に対して油断をするな。
心に刻んであるな?

父は、時間に正確な人だった。
覚えている限り、父が時間を守れなかったのは一度だけ。
それも、大したことはない土曜日のランチの時間。

いつも、ボクらが起きる頃には父はすでに起きていて、決まった時間に朝食を食べ、決まった時間に仕事に出かける。

自分の会社だから、いくらでも楽ができたはずなのに、どの社員よりも早く会社に行き、懸命に働いていた父。

だから、まだ父しかいない早朝の会社の中でde・hat社は・・・父を・・・。

父の時間の正確さが、かえって奴らに狙いを定めさせてしまった。

そんな皮肉なことがあって良いのだろうか。

どんな時だって、周りの人を思いやってきた父の、その優しく正確な生き方を逆手に取るなんて・・・。

湧き上がる感情を必死に抑えながら、ボクは冷静に手がかりを探そうと努めていた。

存在を見つけて

それにしても、三つ目の手紙を初めて読んだ時から、ずっと気になっているのは、この部分だ。

あの頃のように、私の存在を見つけてくれ。

ボクは幼い頃、夕方になると、この部屋の窓から父の車が帰ってくるのを見つけるのが嬉しかった。

ただ、もうこの部屋の窓は調べた。
特に何もない。

「あの頃のように、お父さんの存在を見つける・・・って。一体、どういうことだろう。」

まるで父に話しかけるように、ボクは部屋の壁に掛けてある父と母とボクの写真の前に立った。

その写真は大きな額縁に入っており、昔からずっと、この壁に飾られている。

ボクは、写真の中の父に話しかけた。

「もう窓から外を見ても、
 お父さんは帰って来ない・・・。

 今は、ボクしかいないのだから。

 お父さん、
 できることなら、
 また会いたいよ。」

自らの運命と戦おうとしている自分と、まだ過去を完全には乗り越えられていない自分とが、心の中で戦っているようだった。

ボクは何となく、壁から額縁を取り外そうと思った。

・・・その時だった。

「・・・ん?
 額縁に傷が付いているな。」

父と母とボク。
3人を写した大きな写真。
誰か、お手伝いさんが撮ってくれたのだろう。

その写真を収めた金の額縁の端に、深い傷が付いている。

先ほど部屋を掃除した時に、傷つけてしまったのだろうか。

いや、こんな深い傷が掃除をしたくらいで付くわけがない。
ましてやこれは、金の額縁だ。

ボクは額縁を壁から取り外しつつ、慎重にその傷を調べた。

その深い傷は、額縁の横から無理やり鋭利なものを差し込み、額縁を一度こじ開けたような跡だった。

よく見ると、その深い傷を起点に、額縁を一回りするような浅い切り込みが入っている。

「開くんだな・・・これ・・・。」

ボクは手がかりを見つけたことを確信した。

早速ボクも、その傷から額縁をこじ開けてみようと、部屋にあった筆記具などを使って試みた。

しかし、筆記具では開けられそうにない。かなり固い。

そこでボクは、部屋を出て階段の方へと廊下を戻り、先ほど掃除をした時に使った掃除用具がしまってある小さな部屋の扉を開けた。

やはりそうだ、ここに工具箱がある。

そこから何本かドライバーなどの工具を持ってきた。

「さて、これで開けられるかな?」

ボクは、再び額縁の傷に、工具を差し込んでテコの原理で力を加えた。

すると、ガコン・・・と大きな額縁が外れた。

額縁を一周していた浅い切り込みに合わせて、金の額縁の手前側がちょうど一周外れたのだ。

なるほど、きっとこれは特注品なのだろう。
写真に合わせて作られた額縁で、後からは簡単には取り外せないようになっていたのだ。

とにかく、無理矢理にでも、額縁を外すことができた。

ボクはもう、閃いていた。

きっと父は、今のボクと同じようにこの額縁を一度開け、ここに次のヒントを隠したのだろう。

金の額縁の手前側だけが外れ、その大きな写真と、額縁の後ろ側のフレームだけが残っている。

まずはゆっくりと、その大きな写真をフレームから取り外した。
古くはなっているが、強そうな材質の紙に印刷された写真だった。

写真をそっと、そばに置く。

ボクは再び、写真を取り外したフレームの方に目をやった。

「・・・やはりな。」

ボクは微笑んだ。

そこには、第四のヒントであろう封筒が隠されていた。

ボクの部屋に飾ってある父の写真。
その裏側に隠された次なるヒント・・・。

「真実を知りたければ、
 裏側までよく見ること・・・。

 もう、ボクにも分かってきたよ。」

ボクは、その封筒を手にした。

その深い森の中で

第四の封筒を開けると、そこにはこれまでと違い、手紙しか入っていなかった。

今回は、カードや懐中時計が入っていない。

ボクは、その四つ目の手紙に目を通した。

「・・・なるほど。
 思い出したぞ。

 お父さん・・・、
 知っていたのか・・・。」

額縁を取り外す作業で座ったままだったボクは、スッと立ち上がった。

そして、部屋を出て、階段の方へと廊下を進む。

あることを思い浮かべながら、階段を下りた。

階段を下りるボクの足音が、その広い城の中に響いていた。

コツン、コツン、コツン・・・。

3階にあるボクの部屋から、1階まで下りて来た。

ホールの柱時計を過ぎて、ボクは城の玄関へと戻る。

玄関の扉を開けた。

城の前には、爺やが立っていた。
ボクの部屋の窓から見えた通りだ。

爺やが驚いた様子で話しかけてきた。

『旦那様・・・!
 もう、お済みですか?』

ボクは久しぶりに爺やと話をした気がした。
でも、腕時計を見ると、ここに来てからまだ、3時間ちょっとしか経っていなかった。

それからボクは心の中で思っていた。

「旦那様だなんて・・・。
 やめてくれよ、爺や。
 いつものように、
 坊っちゃまで良いよ。」

そう言いかけたのだが、その一言は自分の中に抑え込んだ。

ボクは、もう坊っちゃまじゃない。
今や、この城の主だ。

父もそれを望んでいる。
前に進むんだ。

ボクは、爺やに答えた。

「いや、まだだ。
 ちょっと行きたいところがあって。

 あ、でも、
 城の敷地の中だよ。

 森の方へ行きたいんだけど、
 大丈夫かな?」

ボクが要件を言うと、爺やは本当に行動が早い。
いつだって、そうだ。

父に長年仕えていた、その優秀な執事はすぐに守衛を呼び寄せた。

『旦那様は、森の方へと進まれる。
 お前たち、
 配置を転換せよ。』

守衛に指示を出し終えると、爺やはボクの方を向き、優しく声を掛けてきた。

『旦那様。
 敷地内には
 誰も入っておりませんので、
 つまり、その・・・。』

優秀な爺やが、言葉を選び兼ねて困っているようだった。

気を遣わせてすまないと思い、ボクが代わりに続けた。

「de・hat社の人間に
 襲われたりは
 しないってことだね?」

爺やが続けた。

『えぇ、そうです。
 ただ、
 森はかなり深いですからな・・・。

 ここに来た時よりは、
 ずいぶんと霧も晴れて、
 視界は良くなっております。

 ですが、お怪我などには
 くれぐれもご注意ください。』

爺やの顔が、優秀な執事の顔から、ボクの成長をずっと見守ってきた優しい老人の顔に戻っていく。

爺やは、小さな声で、念の為に確認をしてきた。

『もし、よろしければ・・・。』

ボクには爺やが言いたいことが分かっていた。

爺やが言い終わらないうちに、ボクは返事をした。

「いや、大丈夫だよ。
 一人で行ける。

 周りを頼む!」

爺やは、深々と頭を下げて『かしこまりました。』と言った。

その言葉を後方に聞きながら、ボクは足早に、森の中のある場所へと急いだ。

何度も夢に出てきた、森の中の大きな木のところへ。

自分の中で繰り返された悪夢との、最後の対決をボクは覚悟していた。


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