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【時に刻まれる愛:2-15】第四の手紙


隠し事

爺やの声を後方に聞きながら、ボクは森の中へと足を進めていた。

ボクは、森の中のある場所を目指している。

何度も夢に出てきた、森の中の大きな木。そこを目指しているのだ。

歩きながら、ボクは四つ目の手紙の内容を思い出していた。

城の中のボクの部屋で見つけた四つ目の手紙。
先ほど部屋を出る時に、すでにお決まりの番号を手紙にメモしてきた。

今回の手紙の冒頭には「No.4」と書き込んだ。

これまでの手紙とは違い、その印象的な内容は、一瞬で次のヒントとなる場所をボクに理解させた。

四つ目の手紙には、こう書かれていた。

拓実。

この手紙に辿り着く頃、お前はもう、随分と城の中を探し回った後なのだろう。

順番通りに手紙を見つけてくれているのなら、小さい頃には知らなかった場所にも足を踏み入れたかもしれない。

人には皆、誰にも知らせていない秘密がある。
私たちは、秘密を抱えながら生きている。

その秘密は、良いことも悪いこともある。

だが、秘密を隠し続けることはできない。

どれだけ完璧に隠しているつもりでも、「秘密など無い」という決定的な嘘が、最後は事実と矛盾しているのだから、正しく紐解くことによって、その秘密に辿り着くことができるのだ。

お前の秘密にも、私はすでに辿り着いている。

秘密には、良い秘密と、悪い秘密がある。

悪い秘密なら、そんなものは作るな。必ず暴かれる。
しかし、誰かを守るための秘密なら、それが必要な時もある。

この城に隠したお前の秘密。
幼い頃、隠れん坊をしたがるお前を、何度も私が見つけたように、私からすればお前の秘密などまだまだ容易い。

しかし、お前は向き合え。
それが良い秘密なのか、悪い秘密なのか。
自分の過去と向き合うのだ。

続きはそれからだ。
しかし、お前はまもなく答えに辿り着くだろう。

負けるなよ、拓実。
父より。

この手紙を読み終えた瞬間、ボクは次のヒントの場所が分かったのだ。

冒頭の一節、

順番通りに手紙を見つけてくれているのなら、小さい頃には知らなかった場所にも足を踏み入れたかもしれない。

この部分は、二つ目の手紙を発見した奇妙な地下室のことだろう。

正確には、小さい頃に一度だけその地下室には行ったことがあったが、その地下室のさらに奥に隠された部屋の存在は知らなかった。

しかし、この手紙で大切なのは、そこではない。

後半に書かれた、この部分だ。

この城に隠したお前の秘密。
幼い頃、隠れん坊をしたがるお前を、何度も私が見つけたように、私からすればお前の秘密などまだまだ容易い。

これは紛れもなく、あの頃の父にとっては、かけがえのない記憶の場所。
そして今のボクにとっては、悪夢の場所・・・。

間違いなく、そこを示していると理解したのだ。

悪夢の中で

父が謎の失踪を遂げ、ボクと母が隠れ家に移り住んだ後、ボクは自分の世界に閉じこもった。10歳の頃だった。

あの頃、毎日のように見た悪夢がある・・・。

そうだ、あの夢だ・・・。

今でも、耳をすませば聞こえてくる・・・。あの悪夢が・・・。

『こら、拓実。
 そんなに遠くまで走ったら、危ないだろう。』

そんな声を後ろに聞きながら、ボクは喜んで、もっと前に進んでいく。

どれほど遠くへ走っても、どれほど深い森の中まで探検しても、その声は、ずっと追いかけてきてくれて、ボクをいつでも安心させてくれるのだ。

低く、力強く、安心感のある、父の声がボクは大好きだ。

父はいつでも、ボクの味方だ。

いくつもの会社を経営する父は、ボクの知らない様々なことを教えてくれる。

勉強も教えてくれるし、虫の捕り方や魚の釣り方などの遊び方もたくさん教えてくれる。

いつも、優しく包み込むような声で、ボクに教えてくれるんだ。

ボクらの家は、海が見える丘の上に父が建てた、まるでお城のような家だ。

丘と呼ぶには広すぎる敷地なので、ボクはいつでも探検したくなる。

城のような家を抜け出して、トコトコと探検に走り出すボクを、父は優しく、まるで父も子どもみたいに追いかけてきてくれる。

ボクもそれがわかっているから、敷地内にある深い森の中にも思いきって走っていけるんだ。

そう、父がいるから、自分も強くなれた気分なのだ。

しばらく森の中を走ってみると、周りの木よりも大きな木を見つけた。

後ろから、父の足音が聞こえる。

追いかけてくる父から隠れようと、悪戯心でボクは木の陰に隠れた。

すると、父の声が聞こえた。

『ほら、拓実。
 そこにいるんだろう。見つけたぞー。

 さて、そろそろ戻らないとな。
 夕飯の時間だぞ。
 さぁ、出てきなさい。』

父の優しい声に見つかって、ボクは安心して木陰から姿を現した。

でも、父の姿は、そこにはなかった。

いくら探しても、父の姿が見当たらない。

でも、聞こえる。父の声が。

拓実。拓実・・・。拓実・・・。

父の声が、しだいに遠のいていく。そして、ボクの視界も暗くなっていく。

額に大量の汗をかいて、飛び起きる。

そう、いつも、ここで、目が覚める。

「また、この夢だ・・・。」

いつも、こうして悪夢にうなされていたのだ。

森の小屋

そう、城の敷地内の森を、いつも父と駆け回った。
決まってボクは、森の中でも特に大きな木の陰に隠れて、父に見つけてもらうのを待った。

その大きな木から、少し行ったところに、誰も使っていないような小屋がある。

ボクは小さい頃、父が仕事に出かけている間に、誰にも内緒でその小屋を発見した。

一人では森に行ってはいけないという言い付けがあったのだが、幼いボクには冒険心の方が勝り、その小屋を見つけてしまったのだ。

「そうだ・・・。ここだ・・・。」

気づけばボクは、実際に今、その小屋の前に辿り着いていた。

森の中を歩いている間ボクは、手紙のこと、ずっと昔にうなされていた悪夢のこと、いろんなことを思い出しながら歩いていたのだが、ついにここに辿り着いた。

ボクにはここが、どういう場所だか分かっている。

父の言う通りだ。

ここは・・・、ボクの秘密が眠る、森の中の秘密の小屋。

大人になった今では、ずいぶんと小さく見える。

ただ、ボクの心につっかえる罪悪感はボクを呑み込もうとしていた。

その小屋を前にして、森の静寂が中に入るのをためらわせた。

森の静かな呼吸が、ボクの罪悪感を浮き彫りにする。
そんな罪悪感を抱えたボクを、周囲の木々がまるで見つめているかのような妙な視線を感じる。

ボクはしばらく立ちすくんでいた。

先に進むことも、後に戻ることも怖い。

でも、ダメだ。

四つ目の手紙の最後の一節が、ボクの心に父の声を感じさせた。

負けるなよ、拓実。
父より。

「よし・・・。」

ボクは唾を呑み込むと、小屋の扉を開けた。


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