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【時に刻まれる愛:2-9】ランチの謎

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不思議なカード

ボクは、一番目の手紙と二番目の手紙、それぞれの裏面に書かれたメモを見ている。

どちらも、それぞれに同封されていた、カードの内容と懐中時計の時刻をメモしたものだ。

一番目の手紙の裏にはこのメモが書かれている。

宝は
1st

12時10分。

そして、二番目の手紙の裏のメモがこれ。

お前がかち
4th

1時15分

12時10分というのは、ボクがわがままを言って、父の叱りを受けた時刻。

1時15分とは、時間に正確なその父が、ただ一度だけ遅刻をした時刻。

ボクはあの時、どうして、あんなわがままを言ったのだろう。

どうして、父のように、自分の失敗を素直に謝れなかったのだろう。

幼かったから仕方もないのだが、今となっては後悔だ。

ボクの人生において、父と過ごせた時間は短かった。
もし、こうなると知っていたら、あんなに意地を張ることもなかっただろう。

父は、自身のたった一度の遅刻を、それも、おそらくは仕方のない理由だったはずなのに、ボクや母に何度も詫びていた。

ボクも、素直に謝って、あの日のランチを楽しめば良かった。

このアトリエで湧き出てきた思い出が、ボクの胸を締め付けていた。

・・・ただ、その思い出が、一体どのようにヒントに結びつくのかが、さっぱり分からない。

一つ目の懐中時計の時刻。12時10分。
ボクがわがままを言ったせいで、ランチの時間が10分遅れた時刻。
素直に謝ることができず、ふてくされていたボク。

二つ目の懐中時計の時刻。1時15分。
父がたった一度だけ、ランチの時間に遅れて来た時刻。
理由があったはずなのに、言い訳せずに何度も謝る父。

どちらも、このアトリエでの記憶だが・・・だから、なんだというのだ。
これが、何のヒントなのかが、さっぱり思い付かない。

相変わらず、カードと懐中時計の謎が解けずにいた。

アトリエのキッチン

どちらもランチの記憶で、なおかつ、ボクが今いる、このアトリエでの出来事だ。

二番目の手紙の内容からして、このアトリエに次のヒントがあることは間違いがないだろう。

ボクはもう一度、二番目の手紙を見直した。

拓実。

立派に成長したじゃないか。

ここに手が届いたなんて、大きくなったんだな。
その成長を誇りに思うぞ。
ありがとう。

今のお前には無限の可能性がある。
自分の輝きを見誤るな。

薔薇は、一本でも心を打つほど美しい。
だが、無数に咲く薔薇たちは、どこまでも広がる無限の魅力そのものだ。

今のお前が持つ、無限の可能性。
しかしそれは、無数に関わる周りの人たちの恩恵を受けていることを忘れてはいけない。

分かるな?

数え切れない無数の薔薇たちを見つめ、愛に刻まれた薔薇の中から己の道を知るのだ。

答えは、すでに出ている。

お前がたどり着くことを期待し、待っている。

父より。

今、ボクがいるこの場所が、無数の薔薇に囲まれた、母のアトリエだ。

やはり、時刻が示す出来事からも、手紙の内容からも、このアトリエに何かがあることは間違いないだろう。

時刻が示す出来事は、どちらもランチでのことだったから、ボクは念の為にキッチンを調べてみた。

このアトリエには、小さなキッチンが付いている。

様子は当時のままで懐かしいのだが、いくら調べても、変わったところはない。

ヒントは別のところにありそうだ。

その薔薇の中から

何度も二番目の手紙を見直す。

読めば読むほど、ある一節がずっと気になっている。

数え切れない無数の薔薇たちを見つめ、愛に刻まれた薔薇の中から己の道を知るのだ。

答えは、すでに出ている。

「やっぱり、ここだよな・・・。」

思わずボクは呟いた。

二番目の手紙の中でも、この一節が、何かのヒントを示しているに違いない。

この一節だけが、特に謎めいた文章だからだ。

「・・・無数の薔薇の中から、己の道を・・・か。」

ボクは、アトリエの裏にある薔薇の庭園の方に出た。

「まさか、ここに何かあるって言うのかい・・・」

そんな風に言いながら、薔薇の根元などに目をやった。

この庭園を大切に育てていた母に悪いなと思いつつ、何本か目立つ薔薇の根元を掘ってみたりもした。

でも、何もない・・・。

それに・・・、こんなにたくさんの薔薇を全部調べるとなると、大変だぞ。

10年間、スプリンクラーによる世話だけで自然に放置されていたので、枯れているところもあるのだが、咲いている薔薇もそれなりの数はある。

ボクは途方に暮れて、座り込んだ。

座ってみると、薔薇の香りが一層強く感じられる。

その香りに包まれて、ボクはもう一度、二番目の手紙に目をやった。

愛に刻まれた薔薇

座り込んで、薔薇の香りに包まれていると、何とも穏やかな気分だった。

そういえば、あの頃は、立っていてもこれくらいの視線だったかな。

懐かしい気持ちに少しぼんやりしていると、ボクは突然、あの時わがままを言った理由を思い出した。

薔薇の香りは好きだったのだが、あの日、ボクは不意に、その香りのせいで母のスープの匂いが台無しになっているのでは?と思ったのだ。

ボクらが家族3人で、決まって土曜日にランチを楽しんだのは、アトリエの裏にある薔薇の庭園のテーブル。

そこでは、薔薇が近すぎて、せっかくの母のスープの匂いが消されてしまう・・・。ボクはそう思ったのだ。

大好きだった母のスープ。
だからボクは、どうしても一度、アトリエの中で食べてみたいと言い出したのだ。

「そうだ。
 ボクがわがままを言い出して、
 お父さんとお母さんが
 仕方なく、
 アトリエのテーブルを
 片付け始めたんだ。」

ボクはそう言いながら立ち上がると、あの日のボクと同じようにアトリエのテーブルの方にゆっくりと歩き出した。

「あの時、
 このアトリエのテーブルには、
 こんな風に
 絵の具が散らかっていて、
 それをお父さんとお母さんが、
 片付けてくれたんだ。」

ボクは、記憶のまま、あの時と同じように、今のアトリエのテーブルから絵の具などを片付けていった。

ある程度片付けた、その時だった。

「ん?なんだ、これは!」

10年間、城の隅で静かに眠っていたそのアトリエのテーブルには、薔薇の模様が刻まれていた。

答えはいつも裏側に

「そういう意味だったのか、これは」

ボクは思わず口にした。

二番目の手紙の、この一節。

数え切れない無数の薔薇たちを見つめ、愛に刻まれた薔薇の中から己の道を知るのだ。

答えは、すでに出ている。

たしかに、その庭園の無数の薔薇のすべてを目にするには、庭園の中に置かれたテーブルよりも、アトリエの中のテーブルから遠目に見た方が全体に目が届きやすい。

そして、そのアトリエの中のテーブルに刻まれた、この薔薇の模様。

「・・・愛に刻まれた薔薇・・・か。」

ボクは、あの時の自分のわがままを、この20分ほどずっと悔いていたが、きっと父にとっては、そんなボクのわがまますらも愛しいものだったのだろう。

でも、父として・・・いつかは継承する者として・・・父はあの時、大切なことを教えてくれた。

そう、あの時、ボクのわがままのせいで、ランチの時間が10分遅れた。
意地を張っていたボクは、「たったの10分じゃないか」と小言を吐いた。

それに対して父は、何かを決意したように言った。

『たったの10分・・・
 そう考えるな。

 たしかに、今日の、
 この場での10分の遅れなんて、
 大したことはない。

 でも、人生では・・・
 時間の油断は、
 お前を有利にはさせない。

 心に刻め!』

父の言うように、時間というのは、それが過ぎ去ってみると、余計に大切に思えて来ることが多い。

こうして時が経てば、父と過ごせた短い時間の一部を、あのように険悪な雰囲気にしてしまったのは、とてつもない後悔だ。

でも、父はすべてを含めて、大きな愛で包み込んでくれていたんだ。

優しさも、厳しさも。
素直さも、わがままも。
正しさも、間違いも。

薔薇が刻まれたテーブルに、ボクの目から雫が落ちた。

「いや、、、違う。
 違うんだ。

 嬉しいんだよ、お父さん。
 ありがとう。」

ボクは、自分自身の言葉で気持ちを立て直そうと努めていた。

それからボクは、テーブルを調べ始めた。

テーブルの表面や角には、何か仕掛けのようなものはない。

でも、ボクはすぐにピンと来た。

「なるほど、お父さん。
 真実を知りたければ、
 裏側までよく見ること
 ・・・だね。」

そう言いながら、テーブルの下に潜り込んだ。

すると、やはりあった。

テーブルの裏面に、小窓のような扉が。

古さのためか、固くなっていて、手では開きそうにない。

ボクは、アトリエに置いてあった小さなナイフを取り出すと、それを使ってテーブルの裏面の小さな扉を開けた。

すると、その小さな扉と一緒に、第三のヒントが入っていると思われる封筒が落ちてきた。

外では、シャンシャンシャンシャン・・・と、またスプリンクラーの音が響いていた。

風に乗って、薔薇の良い香りが、アトリエの中まで入って来ていた。

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