気軽に他人に頼みごとをする

他人に頼みごとをするのが苦手だ,という人は多いのではないか.自分も結構苦手だ.苦手な気持ちを書き下してみると.

 断らせるのが申し訳ない

というのが一番大きい気がする.例えば相手が受け容れやすいような頼み事,例えば使っていない何かで相手の好みに合いそうなものを引取ってもらうとか,そういうことは気楽にできる.でも,自分ができなそうなことを頼む時,悪いな,申し訳ないな,と思ってしまう.逆に頼みごとをされて嫌な気持ちはしない.(但し,やって当然というように押し付けられたりすると,急に嫌な気持ちになる.)
結局は,誰かの役に立つのは嬉しくて,ありがとうと思われるのは嬉しくて,誰かの負担になるのはしんどい,という気持ち.

断らせるのが嫌,というのは,相手に嫌な思いをさせているのではないかという不安だ.それは例えば誰かとルームシェアする時に,相手は自分の気づかない所で嫌な思いをしているのではないかと不安になってしまうのと多分共通している.誰かに嫌な思いを,しかも自分が気づかないうちにさせているのではないか,という不安は根強い.それはやっぱり,嫌われたくないという感情なんだろうか.何となく,誰か特定の人間に嫌われたくないというよりは,自分以外の何者かに人間界から締め出されてしまう,という感じに近い.「内なる罰する目」再登場である.

であれば「外なる赦す目」を持ち出してみる.断りやすい形でお願いを気軽にしてみればいい.そうすればボールは相手のもの.断られたとしても,単純にそれはその人の気が乗らなかったというだけ.

 気軽にたくさんお願いをしてみる.誰かを頼る練習をしてみる.断られる練習をしてみる.

誰かを巻き込むには,他人に頼ることが必要不可欠.ワンピースのルフィやMIU404の伊吹藍の屈託のなさがとても好きだ.ああいう風になりたい.ルフィがナミに言う「行こーーう」という言葉のパワー.

今,そうは言っても誰かに何かを頼むからには,自分の持ち場はしっかりやって誰よりも動いていなくてはならない,と思ってしまった.その方が説得力が出るのは間違いない.でも,そういう条件付けはしない方がいい.馬鹿みたいに,失礼なくらいに,他人に頼みごとをしてみる.そうでなくたって充分迷惑はかけているのだし,お互い様だ.

頼んでみて,じゃんじゃん断られよう.そして引き受けてくれた時には,心からありがとう,と言うようにしよう.


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