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バッハの作品における聖書と象徴②Bibel und Symbol in den Werkenの日本語訳

Bibel und Symbol in den Werken pp.6ー7

※日本語訳が間違えている可能性は大いにありますので、あまり鵜呑みにしないでください。すみません。では。

バッハ自身もオルガニストや聖歌隊指揮者の職業に就きたいと、音楽的な能力や教養を併せて身に着けた。1708年にミュールハウゼンで第2オルガン奏者をしているときに最初の教会カンタータを作曲した。

当時の職種柄やバッハの保守的な考え方から、ミュールハウゼンでのスタートを筆者が説明することは重要である。即ち、私が仮に(バッハの保守的な部分を)説明するとしたら、教会音楽のルールとして神を称えるための教会の繋がりでの試練があった。つまり、正統派のルター派と敬虔派、両者の主要な聖職者による諍いの「試練」だ。


バッハ自身が正統派の支持者であり、すでに彼の立場を考慮して周囲の人は奉仕の豊な典礼や宗教音楽の方法を考えるだけでなく、バッハの学校教育の特性について書かれる主要な雑誌の一つであるレオンハルト・ヒュッターによるコペンディウム・ロコルム・セオロギコルムは「高等教育で重要なことはリューデブルクやオウドルフの両方で演奏をすることだ」と示している。
バッハは後にワイマールのオルガニストやライプツィヒのカントルのようなルーテル神学の目標となる地位に立っていた。ケーテンのカルヴァン派法廷では5年間の伝道活動も行っていたが、バッハはルター派の教会に所属しており、そちらで礼拝と聖餐式に参加していた。彼はそれについて神の導きの信仰にであると個人的に確信していたが、手紙ではかなりの意見をもらっては許し、何度も何度も切なく苦しくなり、神に祈った。

バッハは苦難を知り彼自身の苦難の十字架を背負うために手帳に神学を書き込んだ。すなわち、クリストゥス、コロナビットクルシジェロスーキリストは冠を被ってじっと耐える。いくつかの聖書の句の定型的な本質は一般的に起こることではない。その句の背景にある納得させるほどの誠実さが逆に迷いを投げかけている。神への常に率直な信仰をひとまとめに表し、総合的に神からの恩恵を指導する。その幅広い神学的基盤の一部はバッハの生涯と業績を支えた。転機の際に訪れる周囲の人々による否定的な影響をも受け入れた。


バッハはカントルや作曲家として活動していたが、礼拝音楽をどのように解釈していたのだろうか。聖書の聖句についてカンタータの作曲や演奏をしたのだろうか。作曲した時間はどのくらいかかったのだろうか。彼はできる限りの能力で音楽活動をしようとしていた。彼の総譜に書かれている言葉に「イエスの栄光!イエスの救い!」と書かれている。

ウルリッヒマイヤーはそういった言葉(バッハの総譜に書かれた言葉)を集めて要約したものを書き込んでいる。「ホメーロス問題のように言いまわしており、聖書の文章を問題にするべきではなく、彼らの考えにある切実な信仰がむしろ問題視され、繰り返し表現されることは神の支配、包括、優雅に導く技術、予測と決定、広い神学的意味において全ての人間の行動の許しと苦難、どれがバッハの人生において影響を与えたのだろうか」(Urlich Meyer,Jhoann Sebastian Bachs Theologische Äußerungen, in:Musik und Kirche,47.jg.1977,S,113.)

バッハの作品では有名な言葉にもある通奏低音という形で神学的意味を用いている。通奏低音は大切な音であり、彼の心情や神の栄光・再臨を表現する目的で使われる。ここではバッハの心情を表すときは8という数字を使わないとするが、実際は悪魔のような音楽に用いられるとゲプラーとゲライヤーが残している。(引用:ヘルマン・グラブナー(Herman Grabner),Generalbasslehre,Köln,1936)

私たちはたくさんの種類の書籍がある図書館にて知識を得ることができた。当時の全体的なつながりに関する神学的に重要な本である。ルター神学者による説教者の献金でロストック出身のハインリヒミュラー、とアウグストファイファー、神学者も執筆している。執筆者にアウグストヘルマンフランクやヤコブスペナーもまた含まれている。ルターの作品目録や何より注釈が豊富な聖書を出版した。(Hans Besch, Jhohann Bach, Frömmigkeit und Glaube, Gütersloh1938;Robin A. Leaver,Bachs theologische Bibliothek, Neuhausen 1983.)

その全ては十分ではなく、とても有名な音楽学者のフリードリヒブルーメが1962年の「バッハは教会の仕事を通して信仰する態度をもったのか?彼にとって宗教生活は必要だったのか?少なくともその証拠はないでしょう」という質疑応答で腑に落ちた。

続く


乱文で申し訳ありません。
日本語が豊かで翻訳ってものすごく難しいです。。。
今回のページでは様々な学者の引用もでてきました。
まとめると、バッハは曲の中に通奏低音を用いて宗教的意味やバッハの心情を込めていると伝えられているが、それを確信できる証拠はないとのこと。
しかしながら、バッハは仕事を通して神を信仰することを覚えて試練にも耐えて宗教的な音楽活動を繰り広げていたことは伺えます。


次回は8ページからになります。コラールの歌詞も出てきます^^

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