【映画批評】プライベートソルジャー
大谷翔平はデカくなることに夢を与えましたなあ。
大谷見てるとデカくて早くて文字通りパワフルで、が成立してるんだから大したもんである。盗塁までイチローばりに走るのでハンパない。これまでの筋肉男のイメージを覆す偉業。ヤバい。
が、最近ジョン・アーヴィン監督(ハンバーガーヒルのヒトといったほうが良いだろうか)ロン・エルダード主演の「プライベートソルジャー」を久々にDVD引っ張り出して観たんだが、戦場では体デカいのは良くないなってことです。前線で命のやり取りするなら体は小さいほうが良いと。それは遺憾無く感じられました。冒頭とラスト観てるだけでも。
この映画、原題は「When Trumpets Fade」で、要するに進軍ラッパが鳴り止む頃、みたいな意味合いであるから、プッシュ(突撃)を命じられた歩兵のしょっぱさを描いた映画である。
この手の映画なら203高地のアレもそうなんで日本では得意分野のはずだが、日本の戦争映画は前線のしょっぱさより銃後の窮乏をウェットに恨みがましく描くのが常套であるためあまり日の目を見ない。この国では男は死のうがくたばろうが同情には値しないのである。
ドイツは前線の兵隊さんの苦しい営みを一貫として描く傾向がある。ただしこの国は防衛戦や遅滞戦の絶望をテーマに選びがちである。
米英は当然、飛行機かっ飛ばして野蛮人を撃滅!きーもちいーぜーをやるのが伝統。が、このプライベートソルジャーは、世界最強のアメリカ軍がタンクもエアーフォースにも頼らず歩兵だけで独軍の堅牢な防御陣地に突撃をかけ、地雷を踏んだり鉄条網をハサミで切ったり88ミリ砲に薙ぎ倒されてミンチになって黒い森の木の枝に引っかかったりする様子が延々と続く。
日本人なのに、俺はこの米軍の内部の様子が妙にリアルに感じられて大変に気分が落ち込んだ。若かりし頃は歪んだ愛国主義からボロ雑巾みたくズタにされるアメリカ兵の姿が何だか爽快に感じたりもしていた。恥ずかしいことである。あの頃の自分を恥ずかしいと思える今に安堵しているが。
カネはかかってないので批判も少なくない映画だが、棺桶に入れる10本として選んでも良いなら俺はこれのDVDは迷わず持っていく所存である。
よく批判される邦題も、プライベートライアンが大ヒットした直後の映画ということもあってこんな感じになったと思われるが、実は3日前まで一等兵(プライベートソルジャー)だった主人公(ロン・エルダード)が無謀な突撃の連続で仲間の兵隊がトイレットペーパーのように浪費されて行く中で野戦昇進を繰り返し、物語の最後では中尉になってしまう皮肉と悲劇を表していたりもする。これも最近になって意義深い邦題だなあと思えるようになった。
突撃突撃で参加した兵隊はどんどん死ぬか手足をもぎ取られて後送されて行く。そんな中前線を経験し、卑怯な手を使いつつも何度も無事に帰ってくるマニング軍曹は周囲から軽蔑されつつも畏怖の念を集めるようになる。しまいには頼りにされて、この手の反抗的だけど生命力の強い個体には軍上層も頭が上がらない。どんどん昇進させて行く。でもマニングは生き残りたいだけで、出世とかには全く興味なし。一番の希望は除隊。帰国。
永遠の0とかこの辺パクってないかな?と思うけれど、この映画をそっくり日本軍の描写として描いたとしても違和感は全然ないだろう。生き残って帰ってきた兵隊を卑怯者として扱うのは我が国も国技であるからして。
生き残りたい、死にたくない、ただそれだけのことが卑怯者と呼ばれるので言えなかった。そんな悲惨な時代の悲惨な一コマである。必見。