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闘病記(47) 出世魚

 
 ここ数回のテキストのタイトルや文章を読むと、自分は寝ても覚めても「尿」と「尿意」について考え、行動していたように思われるかもしれないが、そういうわけではなく、当然、毎日のリハビリテーションは続いていた。夜中に大失禁による大失態をおかしてしまい、何ともいえない敗北感と罪悪感にさいなまれてほとんど眠れないような夜でも、やがて、そ知らぬ顔で、朝がやって来る。洗面や食事を済ませると、あっという間に8時50分。朝1番のリハビリテーション、理学療法の時間だった。
 「尿が出る、出ない。」という問題の只中にあっても、どのリハビリテーションにも集中して取り組んでいたように思う。退院日のリミットは迫り、どのリハビリも「自分が家に帰っても生活をしていける」ことを目標にしたものだったので真剣だった。
 特に理学療法の時間はそうだった。以前にも書いたように、バルーンが取れたことでようやくダイナミックに体を動かせるようになり、様々な運動や訓練に取り組んだ。
いつも「これじゃまだ足りない。もっとがんばらなければ。時間が欲しい。」と言う気持ちが背中に張り付いて離れなかった。ベッドからほとんど動けなかった時間、バルーンが取れずに運動がほとんどできなかった期間を合わせると、2ヶ月以上になる、その間にできたであろうことを考えるのは怖かった。
 そんなある日の朝、理学療法担当のTさんが迎えに来ると、挨拶もそこそこに開口一番、
「ロフストでいこう!赤松さん、ロフスト! 昨日、夢の中でロフストを使って歩く赤松さんが出てきたの。それで、ああ!その手があったか。と思って。ロフストならきっとうまく使いこなせるよ!」
「ロフストでいこう!」と言われても・・・ロフスト?  そもそも初めて聞くその言葉がなんのことかわからなかった。新型の歩行器なのか・・・?勝手に機械のイメージ像を想い浮かべたりしてみたが、やっぱりなんだかよくわからない。Tさんの休日の夢の中に自分が登場したという話にはちょっとTさんが気の毒なような、なんだか嬉しいようなおかしな気持ちではあったが、とにかくよくわからないままに、「ロフストでいこう!」ということになった。 
 それが何かはリハビリ病棟につくとすぐにわかった。杖の1種でプラスチック製のカバーが肘までを固定し安定させる装具。試しに早速装着をしてみたが、肘のところで杖がぐらぐらすることもなく、しっかりと握り込むことができて、自分でも驚くほど簡単に歩くことができた。もちろん、体はまだぶれていたし、短い距離であったのだが。Tさんもとても喜んでくれた。
 こうして、自分は「歩行器の人」から「ロフスト杖の人」になった。歩行器から少し進歩した感じだ。「ちょっとした出世みたいなものだけど、魚じゃあるまいしTさんが自分を呼ぶときの呼び方が変わったりはしないよな。」と思っていた。
 ところが、不思議な事と言うのはあるもので…。Tさんからの呼ばれ方は何も変わらなかったが、どうしたことか、看護師の主任さんが自分のことを
「あかまっつぁーん」
と、なんだか時代劇に出てくる人みたいな呼び方で呼ぶようになった。もちろんみんながいるような時ではなく、検温をしたり、薬を飲んだりする2人だけで話すときだけだったのだが。
 ロフストと関係あるのかどうかはわからないが、あかまっつぁーんのその後のリハビリテーションについてはまた次回以降に。

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