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闘病記(60)真夜中のベリーロール


「ベリーロール」と言う言葉をご存知だろうか。
「あー、ブル◯ンから発売されている焼き菓子ね。白くておいしいやつ。」と、思ったあなたはとても素敵。ただ残念ながらその焼き菓子は多分ホワイ◯ロリータではないかと。そんな素敵な勘違いをする皆さんのために、タイトルの写真をロールケーキにしてみました。

 さてさて、本当の「ベリーロール」は走り高跳びの飛び方の1つだ。助走をしてきて踏み切った足とは逆の足を高く上げ、上体はほぼまっすぐに伸ばし、バーをちょうど顔の真下に見ながら越えていくと言うなんとも凄い飛び方。 
 小学校6年生の時、陸上競技の 高飛びの選手に選ばれた。いわゆる「はさみ跳び」が当時の小学生の主流で、べリーロールができるのは先生くらいだった。とてもかっこよく見えたものだ。
 そんな懐かしい憧れ「ベリーロール」を、50歳を過ぎてしかも体の右半分が麻痺した状態でバッチリ決めることになろうとは思わなかった。越えたのは高跳びのバーではなくではなく病院のベッドの柵だったけれど。柔らかいマットもなかったけれど。

 その日、深夜2時ごろ、自分は右足に装着したサポーターを取り外すことに躍起になっていた。麻痺した足の痛みが激しく、リハビリが辛くなってきたため足にサポーターを装着するようにしていたのだが、これが想像以上に効果があり「つけたまま眠ったら、痛みはなく熟睡できるんじゃないか。」と思い試していたのだ。ところが、深夜になって締め付けられる感覚が不愉快になり、寝ぼけ半分で取り外したくなったのだった。
 しかし麻痺した足のサポーターをとると言う事は難しい。かかとに引っかかってしまい、つま先の方へとうまく進んでくれない。足はぶらついて狙いは定まらず麻痺した右手も使い物にならない。こまった自分は足元のベッド柵に足の裏をもたせかけて左手でサポーターをむしり取ろうとした。全身に力を入れて。
 と、その時、体が後方に思いっきり吹っ飛んだ。「頭を打ってしまう。」とっさに考えて体を全力で右に捻り頭を抱えた。そしてその体勢のままベッドの柵を超えて床に落下した。柵を乗り越える時、顔すれすれにベッドの柵が見えた。

 隣の入院患者のロッカーに当たったため大きな物音がして夜勤の看護師さんと介護福祉士の方が2人でやってきた。
 意識がはっきりしていること、体に特に痛みは無いことなどを確認した後、2人の質問は
「どこへ行こうとしてたの?」
に変わった。自分が車椅子に乗らずに(ナースコールで誰も呼ぶ事はなく)歩いてどこかへ行こうとしたと思われたらしい。(実際、少し歩けるようになると自分の実力を確かめようとして介助なしでトイレまで歩いてしまうと言う入院患者がいるらしい。)サポーターを外そうとしていただけだと言うことを伝えたもなかなか納得してもらえず、もう夜が遅かったので床に着いた。しかし、「なぜ、あんなに強い力で後方に引っ張られたのだろうか?」と言う疑問が頭の中をぐるぐると回りなかなか眠りにつくことができなかった。
 そして翌朝。自分のベッドの下はクッション性が十分にあるそして見た目がなかなかにおしゃれなソフトタイルで敷き詰められていた。
 床面に足がついたら、ナースステーションにすぐに通知が行くと言うシステムを導入も図られた。(もちろんこれは抑制にあたるため、同意書にサインをした。)夜勤だった介護福祉士さんが報告書を作成しないといけないらしく、
「本当は何処へ行くつもりだったの?」
「だからどこにも行くつもりはなくて、サポーターを外していたらベッドから転落したんです。」
「本当のことを話して。」
「本当のことを話してます。」
と言う半ば不毛な会話が続いた。しまいには、大人げのない自分がイラついてしまい
「もうその報告書僕が書くので置いといてください。」 
と言い残して、リハビリへと向かった。
 朝1番のリハビリテーションから帰ってみると、自分のベッドの一角は大部屋の中でもひときわ広々とした空間に見え、まるで大学生の一人暮らしの部屋のようだった。口に出しては決して言えない事だったが、「悪くない。いや、良い。」と思ってしまった。いやしかし、やはり申し訳なさもある。ベッドに体を戻しながら「すみませんお手数かけました」とお詫びと感謝を伝えようとしたところに最も来ては行けない来客が来てしまった。双子の兄だ。
「しゃべるな。何も言うな。」と念じたが遅かった。
 「お疲れ。凄いじゃん。俺、最初、お前のベットがなくなったと思って焦ったわ。どうしたのこれ?床がふかふかだしおしゃれだね。お前みたいに長いこと入院してるとこうやってグレードアップしていくわけ?それとも、リハビリでめっちゃ頑張ったとか?」
「いやいや、そういうわけでは…。」
「それにしてもすごいわ。写真取っといてもいい?」
KYと言う言葉があるが、多分意味は2種類ある。1つは「空気読めない。」もう一つが、「空気を読む気がない。」兄の場合は後者だ。
 そして、シーツを交換していた介護福祉士の方の一言が能天気な兄の表情を一変させたらどんなによかっただろうか。
「あの…。弟さんはそういう人に、なれた、のではなくて、なってしまった、のですよ。」
「へ?どういうこと?」
そう言いながら自分の方をじっと見ると、一瞬何かを考え込むような表情になった。
次の瞬間兄から出た言葉は
「どら焼き食べる?」
だった。胸ポケットから二個どら焼きを出すと、1つ渡してくれてもう一つは袋を開けてむしゃむしゃと食べ始めた。
 ピーチョコ流血事件以来、おやつはやめとくことになっている自分は袋を開けなかった。
 介護福祉士の皆さんが部屋を出て行った後兄に事情を説明した。すると、
「それは、知らなかったとはいえ、悪いこと言ったね。でも怪我がなくてよかったね。ただ…。その後に引っ張られたと言う感覚については、また同じことを繰り返すかもしれないから、原因を突き止めたほうがいいね。」
と、えらくまともなことを言った。その通りだった。
 各療法士の皆さん、看護師介護福祉士の方々様々な人に質問をしてみたのだが、自分が納得でき中これといった答えは退院するまで見つからなかった。

 退院をしてからお世話になるようになった訪問リハビリの理学療法士の方に質問をぶつけてみたところ、ど素人の自分でもよくわかる答えが返ってきた。
「筋肉と言うのは、動こうとしている時や力を入れようとする時、100%の力を出そうとします。つまり非常にシンプルなスイッチがあってそれは0か100なわけです。
 そのコントロールをするのが脳の役割で特に小脳がその働きを担っています。
 赤松さんは出血をした際に小脳にダメージを受けています。ですから、力のアウトプットの加減が無意識のレベルではわからないのです。おそらく、後に飛んでしまった感覚と言うのは
サポーターを外そうとして全身に力を入れた時、足先にも力が入り思いっきりベッドの底面を蹴ってしまう形になったのではないでしょうか。
 今、頑張って取り組んでいる歩く練習も足をどのあたりに出せばいいか、どのくらいの力で地面を切れば良い分からないところに難しさがあるんです。」  
 自分の動作がうまくいかない要因の説明を含め、ずっと謎だったことの答えがわかった。報告書を書いていた介護福祉士の方に教えてあげたいところだけれど時すでに遅し。もしかすると自分は車椅子を使わずにどこかへ行こうとしていたことになっていたのかもしれないがそれもよかろう。
 
 なんと気づけば3000文字を超えるテキストになってしまった。「夜中にピーナツチョコをこそこそと食べているだけではなく、他にもやってる事はあるんだ。」と言う強い気持ちで書き始めたものの、結局は騒動を起こし、迷惑をかけていると言う点では同じことではないかと今気がついた。
 がんばっているんですけどねほんとに。
 

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