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北アルプス朝日フライト

白馬村は夜明けが美しい。
日の光が雄大な北アルプスに当たり静かにその山肌を茜色に染めていく。刻一刻と変化する数分間の大自然のショーはこの地を訪れる人々の心を離さない。

そんな圧倒的な自然の景観を、ただ見るだけで終わらせたくないと思ってしまうのが、我々Morgenrot Mountain Hunter(通称MMH)だ。MMHの目的はモルゲンロートの山に登りそこでアウトドアを全力で楽しむ事だ。

……ちなみにMMHなんてチームは存在しない。タイトル画像を作っていたらなんとなく右上にロゴみたいなものがあった方が格好いいかな?と思って適当に作ってみた。そう、いつも通り僕らの使命は面白そうな事を仲間たちと全力で駆け抜けるだけだ。今回もそんなエンタメ混じりな”全力”で”仲間たち”と”本気で遊んでる”おじさんたちの物語を今回も紹介しよう。

スタートはいつも通り深夜から

1:45分に家族まで起こさない程度のつまやかな音量でスマホが鳴った。

私の住む野沢温泉村から白馬村までは約2時間。そそくさと着替えて静かに家を出る。4:30までに白馬村に到着し、5:30までに1650mのフライトポイントに移動、6:00までに準備をして6:07分の朝焼けと共にパラグライダーで飛び立つというのが今日のプランとなる。

メンバーは私エンタメスキーヤーこと河野祥伍。そして日本パラグライダー協会の理事を務めるパラグライダーインストラクターの前堀善斗。最後に最強のアクションスポーツカメラマン西條聡。この三人だ。

河野祥伍と前堀善斗が山へ登りフライト。それを西條聡が里から撮り上げる、と言うのが本日の撮影の内容だ。4:30に集まったメンバーとあいさつもそこそこに、少しでも準備を徹底する為にすぐに散会した。

僕らは素早くテイクオフポイントの黒菱平を目指した。少しでも準備の時間を長くしたい。

テイクオフの状況は…

草刈りの終わったゲレンデを登り、風の状況を確認する。風は1.5mのフォロー(背負い風)。パラグライダーがテイクオフするにはかなり厳しい条件だ。

翼のある飛行物は正対して風が吹いている事が基本的なテイクオフの条件となる。それはパラグライダーもジャンボジェットも同じで、もし万が一テイクオフ時に逆風が吹いているのであれば、その分風に押されてしまう為、スピードを上げる必要がある。

つまりエンジンのついてない我々にはなかなか不利な条件である。

しかしテイクオフに40度程度の斜度がある事、幸い真後ろからの風であることを考慮するとこの条件は”頑張ればテイクオフ出来る”のだ。その頑張りと言うのが足元の悪い良く見えない超急斜面をパラグライダーを担いで全力疾走する事を言うので、不安が募る。

次第に東の空が色づき始めた。キンと冷え切った空気が支配するこの時間が私は一日の中で一番好きだ。

本当はゆっくりと朝焼けの空の変化を楽しみたいが、やる事は多い。パラグライダーのラインチェック、ウイングの最適な配置、レスキューパラシュートの最終確認、安全ベルトのチェック。一つ一つ丁寧にこなしていく。

とはいえあたりはまだまだ暗い。いつもなら数分で終わる作業ががなかなか進まない。ラインに絡まる小枝を何度も取りに行く。アンカーになってライン同士が絡んだら、良くない事が起きる。

夜明け早々に良くない事が起こると良くないことはきっと連鎖する。僕はこの最高のフライトを、資格のある誰もが楽しんでほしいと思っている。なのでこのフライトを成功に終えて、情報をしっかりと出すことが楽しむ事と同じレベルで優先されるのだ。

そして6時4分ごろ準備が終わった。日の出まであと3分余り。

地上班のカメラマンから山の色づきの情報を無線で聞きながらその時に備える。

そして、「こちらいつでも大丈夫です」の無線が入った。

一瞬躊躇したが突如先ほどまで吹き降ろしていた風が弱まった。この一瞬を逃すと次にいつタイミングが訪れるかはわからない。冷えた空気を鋭く吸って全力疾走。思っていたよりもグライダーはふわりと風を捕まえて頭上へ持ち上がった。

頭上確認は一瞬。良く見えないが、たぶん大丈夫。

人間集中しすぎると「おらー!」とか言えない。とにかく揚力が発生するまで走る。翼よパワーをため込め!

時間にするなら数秒、歩みで数歩。しかし圧縮された時間からすると”ようやく”地面から足が離れた。

雄大な自然のショーと穏やかな空

Camera 西條聡

完全にテイクオフしたのを確認し南へ進路を変える。八方尾根の南斜面の空は五竜岳を正対して見れる位置関係にある。すでにモルゲンロートは始まっていて、山が静かに茜色に染まっていた。

息をのむ美しさとはまさにこのことをいうのだろう。

すぐさま撮影を開始を開始した。

Camera 前堀善斗 Pilot 河野祥伍
Camera 前堀善斗 Pilot 河野祥伍
Camera 河野祥伍 Pilot 前堀善斗
Camera 河野祥伍 Pilot 前堀善斗
Camera 河野祥伍 Pilot 前堀善斗
Camera 前堀善斗 Pilot 河野祥伍
Camera 西條聡 Pilot 河野祥伍 前堀善斗

日の出に導かれるようにテイクオフから東に位置するランディングへと向かっていく。気流は想像通り穏やかで両手を離して体重移動だけで操縦することが出来る。そんな空を約10分のフライト。言葉にならない”最高”がそこに合った。

そしてランディング

空を飛ぶ乗り物は何でも着陸するまで安心はできない。

ただ、気流変化のない、風の凪いだランディングは難しいものではない。ゆっくりと、いつも通りの侵入経路と高度でランディングへ。

霜の張った芝生の上にランディングし、グライダーを地面に落とす。興奮した頭と、冷え切った体。とにかく無事全てが終えた事に安堵した。

グライダーを片付けていると今日は参加できなかった仲間が迎えにきてくれた。僕らがしていることを凄いことだと賞賛してくれる。彼のその熱い言葉の裏には、次はきっと自分もという気持ちが込められているのだろう。ぜひ、そうなること楽しみにしたい。

落ちてはいないが、オチはある。

さて、今回の撮影で「あれ?カメラマン西條の写真が少なくない?」と思った人は少なくないのでは無いだろうか。

それはテイクオフして間も無くの無線だった。

「あー!!朝霧に飲み込まれて何も見えません!!」

カメラマン西條からの悲痛な声を空中で聞いた。みれば西條の待機しているポイントが一瞬にして沸いた朝霧に飲み込まれていた。

これが撮影に潜む魔物だ。どれだけ綿密に打ち合わせをしようとも、それを嘲笑うかのように自然が牙を剥く事がある。大自然は感動も与えるが絶望また同時に与えるというのが今回の教訓とも言える。

久しぶりにみる撮れなかった時の西條と、冷え切った体を温めるコーヒーを飲みながら再戦を誓ったのはいうまでもない。

最後に

このスペシャルフライトは大自然を守っている地域住民の皆様と、スキー場関係者、およびそことの密な連携をとっているスカイブルー白馬八方尾根パラグライダースクール様の協力によって成り立っている。

このスペシャルな体験がより多くの人のものとなる為に、今後とも道徳や規律、連携を守って素晴らしいスカイスポーツを楽しみたいものだ。

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