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ゾッとするほどの「不自由」を経験した話~1年間の船上生活~

自由が何より好き。昔からずっと。
今はフリーランスとして仕事して、それなりに自由な人生を構築することができている◎毎日とても楽しい^^

でも今後もずっと自由であり続けたいと思っている。
なんなら人生を永遠の夏休みにしようと思っている。
そのために毎日生活を律して、理想の人生にしようとコツコツ努力してる。

でもふと思った。
なんでこんなに「自由」にこだわっているのかな?

すると昔の”ある経験談”を思い出した。

おそらくこんなにも自由にこだわっている理由は
圧倒的「不自由」を経験したことがあるから。
多くの人はまず味わうことのない経験です。かなり特殊で興味深いので共有したい◎

※以下の経験は私の個人的な感想です
※これらの環境・経験を活かして今立派に活躍している人もたくさんいます


圧倒的不自由な経験談~1年間の船上生活~

学生時代に、1年間船の上で生活したことがある。
これがゾッとするほど不自由できつかった。
私が昔所属していた学校は船について学ぶ、全国でもかなり珍しい学校だった。
※卒業後は鹿児島県の体育大学へと進学した

その学校は、卒業するための必須条件がある。
それが1年間の船上生活

。。。

私はいずれ大学へ進学したいと強く願っていた。
でもその船上生活を途中でリタイアした場合は、学歴は中卒となり、大学進学どころではない。いやー、行くしかない。

とはいえ、しょせんは学生の実習。
みんなで共同生活して、船でいろんな場所へいって、楽しく活動できるのでは?なんて思ってた。けど現実はそんなに甘くなかった。。。

※これ以降は①~④にわけて船上エピソードを執筆していきます。
それでは快適な船旅をお楽しみください(笑)


①乗船初日

東京のゆりかもめで船乗り場に向かっていた。
窓の外から、おそらく自分が乗るであろう船が見えた。

長い船上生活にそなえてパンパンになったボストンバッグを2つ抱えてゆりかもめをおりた。
東京ビッグサイトの近代的な雰囲気のそばに、ちょっと異様な雰囲気の船がある。そこに向かって歩いて行った。

船はなかなかデカい。全長110mほどらしい。
これだけ大きい船なら自分の居住スペースはどんな感じかな?快適に過ごせるかな?
なんて考えながら船に乗り込むと、淡い期待は一瞬で崩壊した。

受付の教官から言われた部屋番号に向かって歩いていく。
まず廊下がめちゃくちゃ狭い。そして窓がない。暗い。そして金属というか、古い建物のような不気味な匂いがする。
異様な圧迫感に軽くゾッとした。

そして自分の部屋をのぞいてみると悪い予感が的中した。
部屋は圧倒的にせまい。そして小さな丸い窓がある。(Sサイズのピザくらいの)
真ん中には固定されて動かないテーブルがある。

部屋は8畳程度で2段ベッドが3つ。つまり6人部屋だ。。。
そしてベッドは1畳サイズでカーテンがついている。ちなみに身体を起こすと天井(2段ベッドの下の人は上の段の床)に頭がぶつかる。

8畳のスペースに男6人が密集して1年間生活。もちろんプライベートな時間はベッドでカーテンを閉めた時だけということになる。
軽くめまいがした。

毎日のスケジュールはたしかこんな感じ↓
※過去の記憶から執筆したものなので、正確でない場合もあります

06:00 整列・点呼・体操
06:30 掃除・部屋の整頓・点検
07:00 朝食
08:15 午前の実習
11:30 昼食
12:50 整列・点呼
13:00 午後の実習
16:30 夕食
17:30 自習・運動・風呂など
19:45 掃除・部屋掃除・点検
22:00 就寝

ちなみに船上の集団生活では、時間に超厳しい。
もし整列などに1秒でも遅れたら、全員の前に立って自分の名前・学科名・班名を言った後、全力で謝罪しなければいけない。声が小さい場合はやり直し。

そして、もちろん教官たちもめちゃくちゃ怖い。閉塞的な空間でストレスが溜まっているのか、中には圧倒的に理不尽な者もいる。しかし、学校の卒業資格を握られている以上逆らうこともできない。
どんな教官が担当になるかは会社の上司ガチャと同じ原理だ。

もちろん船上生活なので、食料(※通常の食事は船で支給される)や欲しいものを好きな時には購入できない。
でも時より日本各地の港によって、上陸することができる。その時にお菓子やジュースなどの娯楽品を購入しに行く。(全員ドン・キホーテで全てを買いそろえる(笑))

ちなみに船には門限がある。それを遅刻すると罰がある。
「上陸の禁止」と「余暇時間の掃除」
ストレスだらけの船上生活における、唯一の癒しをすべて没収される。
これはほぼ死を意味すると言っても過言ではない。笑(おおげさだけど)

あと基本は電波がない。
家族や恋人との連絡やスマホの娯楽で現実逃避することも難しい。
ベッドの壁に恋人の写真を飾って毎日眺めている友達がいた。。笑

日常生活における、場所、時間、人間のすべてを支配された圧倒的な閉塞感と圧迫感の中で10日間を過ごした時。軽い鬱になった。
これほど長い10日間を過ごしたのは初めてだった。
この不自由があと11が月と3週間続くと思うと心からゾッとした。
そして、過去にこの実習を乗り越えてきた歴代全ての先輩たちを心からリスペクトした。


②地下労働

船について学ぶコースは2種類ある。
1つは、船の操船を学ぶコース。もう1つは船のエンジン(機関)を学ぶコースだ。私は後者だった。

船のエンジンは通常船の底の部分にある。つまり地下部分。
そしてエンジンルームはめちゃくちゃでかい。
どれくらいデカいかのイメージとしては、みんなが普段乗ってる車のボンネット(前の部分)を開けたらエンジンルームがある。あそこに自分たちが小人になって入っていくイメージ。

船が動いている間は班で4時間交代でこのエンジンルームを見回る。
①0時~4時、12時~16時の班
②4時~8時、16時~20時の班
③8時~12時、20時~0時の班 

これがなかなかきつい。
エンジンルーム内の気温は40度以上。そして耳栓をつけなければ耳の鼓膜がおかしくなってしまうほどの機械音でまともに会話はできない。
服装は、長袖長ズボン、安全靴、ヘルメットが絶対。
ドライサウナを6セットしたくらいの汗がでる。ヘルメットと長袖長ズボンの作業着で全身がべとべとになり皮膚感覚がおかしくなりそうだった。。

それと地味にきつかったのが、4時間の見回りの間、一度も座ってはいけないというルールだ。
もし座っているところが教官に見つかったらブチ切れられる。これがシンプルに怖え。

4時間の見回りが終わった頃には、高校野球で全力ピッチング150球投げたくらいの疲労感がたまる。

地下労働と船。あのマンガを思い出さずにはいられなかった(笑)
私は実はあの主人公の感情にいくらか共感できる◎


③ハワイ事件

船の実習ではハワイにいくという珍しい経験をすることができた。
日本から太平洋を横断してハワイに行く。
「ハワイとかいいな~、」と思った人は侮らないでほしい。

圧倒的閉塞感、不自由、軽度の鬱状態で行くハワイは楽しいわけがない。
常に頭の片隅に船のことがちらつくからだ。
ハワイに到着したら現地を散策することはできる。しかし現地での服装は真っ白な制服(半袖長ズボン、帽子、革靴)で過ごさなければいけない。マジで暑い。ちなみに教官たちの服装は自由(笑)。

そして、2週間かけてハワイまで行くのだが、これがなかなかきつい。
2週間の間、まったく電波はない。
そして、前述の4時間見回りをひたすら永遠に繰り返す。

あまりの娯楽のなさと、ストレスを少しでも緩和するために、この期間だけは船内での飲酒が解禁された。
※まるで海賊みたいだ

この2週間の圧倒的ストレスと閉塞感の中
ついに事件が起きた。
学生の中の1人がトイレに血まみれで倒れていたらしい。しかし命に別状はないようだ。
翌日彼の顔はアンパンマンのようにパンパンに紫色に腫れあがっていた。
怖え。

何があったのかというと、
シンプルに喧嘩だ。

トイレの小便器で横になった二人がちょっとした口論になり、そのまま暴力事件へ発展していったようだ。
圧倒的閉塞感とストレスにさらされたことで、自分の感情をコントロールできなかったのかもしれない。でもこの環境ではそんな感情になる気持ちもわかる気がする。
ちなみに暴力をふるった人はその後ハワイで下船して実習リタイアとなった。


④解放

この1年間の実習で、「帰りたい」「逃げたい」と感じなかった夜は1度もなかった。
そんな永遠の地獄とも思われた実習についに最後の日が来た。
実習の最後の日には下船式が行われる。
学生同士や教官たちとこれまでの実習の苦労をねぎらう。思い出の写真を残す。これまで一緒に頑張ってきた仲間たちと写真を撮ったり、連絡先を交換しておく。素敵な時間だった。

そんな素敵な時間のさなかでも、「1秒でも早く船を降りたい」「帰りたい」という感情が消えなかった。

仲間たちに別れを告げた後、パンパンの2つのボストンバッグを持って船を後にした。東京ビッグサイト横を通って、ゆりかもめの駅に向っている間、一度も船の方を振り返らなかった。振り返りたくなかった。
私は懲役を終えて刑務所から出てくる人の気持ちをいくらか知っている気がする。悪いことをせずにこんな感情を経験できたことは貴重な体験なのかもしれない。

船を後にしてからまずは、コンビニでシュークリームを食べた。
船の縛りがなくなったことをまだ実感していないけど、なんだか異常な幸福感を感じた。
好きな時に、好きなものを買って、好きに食べる。こんな当たり前の自由に心から感謝した。

地元に帰ってからはまず、外を30分間をランニングした。
船の環境ではランニングすることはできない(面積と船内ルールの都合上)。
このランニングが本当に幸せだった。
好きな距離を好きな時間、誰の目を気にすることもなく、好きな服装で走ることができる。
こんな当たり前の自由に心から感謝した。
そして泣きそうになった。

ーーーーー 完 -----

この経験があったからこそ、当たり前の自由に心から感謝できるようになったし、自由そのものを心から愛するようになった。

脱サラしてフリーランスとして働くようになったり、自由、理想を追求して人生設計し、行動する原動力になっているのかもしれない。

そういった意味では船上生活を経験させてもらえたことにも感謝だ。
今後も自由で理想的な人生を構築できるように頑張ろ^^


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