見出し画像

喫煙者と非喫煙者の共存について

 僕は生まれてこのかた23年煙草というのを吸ったことがない。今のところこれからも吸う予定はないから何かボーナスポイントのようなものが欲しいところだ。25年間一度も煙草を吸ったことがない人間にはボーナスとしてMacbook Airを差し上げます、というように。まあそんなの貰えなくても健康と寿命という対価を与えられているのかもしれないが。

 以前、大学で一緒に講義を受けていた連れとよく昼飯を食べたものだが、その連れが喫煙者だったのでモスバーガーの喫煙室に行って昼食をとることが多かった。その連れは僕と知り合ってしばらくしてから煙草をいきなり吸い始めて喫煙者化したから多少驚いたんだけれど、何故煙草を吸い始めたのかと聞くと「ストレスが溜まるから」ということだった。なるほどそういうものか、と思い聞き流したけど、やはり僕には煙草を吸ってみようという気は微塵も起きなかった。小学校だか中学校だかで見せられたビデオで煙草を吸った人間の灰が漆黒に染まっていたのが未だに根強く脳に焼き付いているからかもしれない。僕はわりにピュアな人間なのでそういうのを見ると「わ~怖え~、一生タバコ吸わんとこ」と思ってしまうのだ。
 その大学の連れとモスバーガーの喫煙室でハンバーガーを食べる時も、副流煙が多少気になりはしたが全然気にしないという体で付き合っていた。連れは「煙草大丈夫?」と非喫煙者である僕を気遣って確認を取ってきたのでもし何か非があるとしたらこちらにあるのだが、実際僕は当時煙草の匂いがそんなに嫌じゃなかったし半ば好奇心のようなものが強かったので甘んじて副流煙を受け入れていた。煙草の匂いってなんか臭いけど嗅ぎたくなる匂いじゃないですか?足の親指の爪の隅に溜まってるグレーの垢っぽいのもめちゃくちゃ臭いんだけど一瞬ピザポテトみたいな匂いがしてついつい嗅いでしまう。それと同じようなものだ。

 なかには僕のように喫煙者を寛容な心で受容することが出来ない非喫煙者もいるだろう。昨今の時代は何かと喫煙所の数が減少していったり煙草の値段が爆上がりしたりして喫煙者の方が立場的に圧迫されている気がするが、それが逆に喫煙者と非喫煙者の対立を煽っているような気もする。喫煙者側は不満もあるだろうが、非喫煙者側の言い分としてはこちら側に影響を与えない限りは自己責任で勝手にやってくれれば何も問題はないのである。ただ煙草の副流煙だとか匂いだとかポイ捨てだとかいう周囲に影響を与える性質上そういう問題が発生するのであって、人と人との接触自体が発生せずに自己完結的に煙草を楽しむ分なら盛大にやっていいと僕は思う。要はマナーを遵守するか否かという単純明快な問題である。だから煙草を吸う人はフェイスシールドなんかをしてそのシールドに向かって煙を吐き出せばいいんじゃないのかな。知らんけど。


おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?