見出し画像

「Spore」に学ぶ競争の原理

読者の方々は「Spore」というゲームをご存知だろうか。
このゲームは、プランクトンから始まった生物が世代を変えながら水生生物→半陸生生物→陸生生物→知的生命体→宇宙探索と進化を遂げる過程を見届けるゲームである。

このゲームの面白い点はいくつかあるが、私はこのゲームのキモは競争のメカニズムを学べることにあると考える。本題に入る前に、本稿で扱わないものを先に紹介しておく。

脱線

1つ目はダーウィンの進化論を身をもって体感できることだ。ダーウィンは生物は「目的」のある変化ではなく「偶然」が引き起こす変化の繰り返しにより進化したと述べていたそうだが(ソースの無い話で申し訳ない)、このゲームでも同様である。目的を持って「こう進化させよう」と意図してもまるで上手くいかず食われる一方で、気まぐれに組み込んだ変異が意外な活躍をしたりする。
実は、意外に上手く行くときは必ず環境に対して「メタ」となるような変化をしていた。それは現実の世界で言えば意図の介在しない「突然変異」のうち、環境に適応した性質のみ受け継がれるということを指すのだろう。

2つ目は宇宙ステージの圧倒的な規模である。
そもそも、進化を繰り返し醜い姿となった生物が、宇宙を征服せんとして武装し、宇宙船に乗って宇宙へ飛び出す様を見ていると、今までの苦労を思い出しての達成感と、滑稽な見た目から来るおかしさで複雑な気持ちになる。
そうして飛び立った宇宙では、漠然とした目的こそあるものの、その目的に到達することは途方もないことである。卑近な例をあげれば、パズドラでランク1000を目指しているのに、ランク974で「半分だね」と言われた気分が近いだろう。


本題

以上のように、他ゲームにはなかなか真似できない尖った面白さを併せ持っている本ゲームであるが、本稿で取り上げたいのは別の点である。それは、「進化の度合いが1つでも上にある生物については想像しかできない」ということだ。

ゲーム内での例を挙げると、水生生物ステージにおいては進化の段階に2つ以上差があるるとそもそも背景になってしまうか、小さくて見えなくなり、競争の相手として認識できなくなる。進化の過程で体が大きくなるにつれて、背景に居た生物が天敵になり、競争相手になり、餌になり、見えなくなる、といった具合だ。

少年時代の私にとって、ここから得られる学びは大きかった。まず、比較可能なほど似たスペックの者でないと、そもそも競争相手ともなり得ないこと。次に、敵わないと思った相手でも自らが成長すれば必ず追いつけるということ。最後に、競争相手のうち自らよりも優れた者には食い物にされてしまうこと。

この「競争の原理」とでも呼ぶべき学びは、今日の私に至るまで、至る所で活かされてきた。「あの方はべらぼうに凄い方だが、自分も成長すれば必ずああなれる」「彼には今は及ばない。彼に上手く使われたくないので、自分も頑張ろう」「彼のことは最近意識しなくなった。彼が落ちたのではなく自分が成長したのだろう」と、こんな具合である。

要するに、比較対象になる指標が明確で多様な教育の過程では、競争の原理を知っておくと遥かに格上の相手に怯むことも、僅かに格下の相手に足元を救われることもなくなる。その点で、このゲームは非常に教育的なゲームであると思う。

最後に

本稿では、私が中学生や高校生の頃に触れて、現在の自分に活きているゲーム「Spore」から得た学びを振り返った。別のゲームについても紹介できればと思うが、それはまたの機会に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?