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30年前の成績で審査される(52歳の田舎のおばさん留学記3)

(写真は、大学の成績証明書。出身大学の名前が透かしで入っているので、ぼやかせましたー! すみません〜。)
前回の記事を書いたことで、初めて自分を客観視し、「こりゃ、だいぶ痛い!」と思って、オロオロした。でも、まぁ、仕方ない。書けるだけ書いてみよう。

このシリーズでは、「52歳で、田舎に住んでて、主に子育てと介護で”表社会”からは隔絶されていたおばさんが、突然アメリカ留学すると何が起こるか?(ちなみに途中脱落帰国)」ということを、英語学習面ではなく(それも少しは書くけれど)、生活面の視点からちょっと紹介します。誰かに何か参考になるかもしれないなー、というのと、自分のまとめを兼ねています。思い出し思い出し書くので、たまーにという感覚で、ながーい期間をかけて、書こうと思っております。時系列も前後するかもしれません。

noteを書き出したので、少しは正確に書かなくてはいけないかな、と、自分の「思い出箱」を引っ張り出した。
おお!留学奨学金の審査に必要な、大学の「卒業証明書」と「成績証明書」が出てきた!
私は事務手続きが苦手なので、その時も何か失敗したらいけないと思って、余計に取り寄せたのだろう。何を念のためにとっておけばいいかも分からないので、片っ端からファイルに入れてある。当時、実生活に英語なんてまるでなかった私にとって、英文で書かれた書類をやり取りするだけで、緊張マックスで、震える気持ちでワナワナしながらファイリングしていた気がする。

そして、あらためてそれらの証明書に目を通してみたら、日付が12月28日である!!
ああああああ!・・・・思い出した・・・・
私は事務手続きが苦手なので、この頃、手続きが遅れがちだった。言い訳すれば、英文志望動機書を書き上げるのに必死で、それらの事務は後回しにしていた。
で、卒業証明書も、成績証明書も、英文で出してもらわねばならない。そしてそれには日数がかかる、ということを、ギリギリに知った。母校の大学の事務室に電話をすると(英文を請求する人は電話しろ、とHPにあった)「年内に送付するお約束はできません」と、けんもほろろ。それでは締切に間に合わない可能性が・・・!「そこをなんとかお願いできませんか!」と、自分の運営していた学習塾の冬季講習中に、外へ携帯を持って出て、ひたすら叫んで頭を下げる。当時の私の生徒たちは、おそらく私の声が聞こえていて「先生、何やってんだ?」と思ったことでしょう。というか、教室へ戻ると、そういう顔をしておりました・・・・。恥ずかしい。

アメリカの大学進学等の留学は、その前段階に所属していた学校の成績が、一番大事だ、そうだ。どこの高校、どこの大学にいたなどは関係ない。ただ、ただ、成績なのである。
そして、私にもそれが求められた。
大学3、4年の時の成績表・・・・。約30年前のものである!
それが、今の私の何を証明すると言うのだろう?

意味不明なのだが、求められているものは提出しなくては。
流石に私の頃の成績は「甲乙丙丁」ではなかったが、「優良可不可」であった。
それを英文に直すので「ABCD」で表してあった。で、それを財団がGPAとやらに変換してくれるのである。
GPA!
自分の大学生の娘がそんなことを言っていた記憶があった。「ウチのGPA、3テンうんちゃらなんだよ!」と威張っていたのだが、おばさんには「????? へー・・・」という感じで、なんのことやらさっぱりだったのだが、まさに、自分がGPAの点数で表現されるのである。30年前の成績で!
大学生の頃、病んでいたので、授業の出席率が良くなく、1、2年の頃の成績は悪かったのだが、3、4年生の頃は、テスト重視だったのか、エコ贔屓同情されていたのか、成績は悪くはなかった。助かった。グッジョブ! 30年前の裏若き私。私のGPAも3テンうんちゃらで、悪くなかったので、胸を撫で下ろした。
あな、おそろしや、30年前の自分をここで引っ張り出されるとは。

教訓6;50代であろうとなんであろうと、大学時の成績表が審査される。
教訓7;英文の証明書は発行に時間がかかる
教訓8;大学事務室には冬休みがある&冷たい話し方の事務員がいる、ということを思い出しておこう。


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