自分も相手もたのしければ、そこにお金は集まる
今はモノやサービスを通して、相手に感動を提供する事が重要視されている。そのモノを所有する事によって得られる所有満足感や、そのモノを使用する事による利便性、そのサービスを受けるという体験を通して得られる感動に、人はお金を払う訳だ。
特に世界がモノで満たされ、不足が減り、人の欲求レベルが上がりつつある現在、人々はお金の使い道をモノからサービスにシフトしつつある。そう考えると、今は多くの感動を与える人の元にお金が集まる時代と言えるだろう。
最近、ふと思った。
お金の集まる量が、動く心の大きさに比例するならば、
なぜ障害者福祉の世界は、お金が集まらないのだろう。
もちろん業界構造上の問題に由来する所が非常に大きい。
しかし、それだけではないと私は思っている。
事実、相対的に給与水準が低いこの業界に明確なやりがいを持って入ってきた若い人達(この業界で感動を起こせる人達)が、数年経ってその最も大事なやりがいを見失っているのを、私は何度かみている。
私が思うに、その原因は、
利用者の好きにできないから、
または、利用者の好きという気持ちを伸ばせないから。
今までそういった支援ができなかったから、なのではないか。
一部の障害者は、ハマる力が尋常ではない。誰から何を言われようと、自分で決めた事をやり通す力を持っている。
しかしながら今までの事業所運営体制では、利用者本人のやりたい事よりも事業所の都合を優先せざるを得なかった。利用者がやりたい事も満足にできなかっただろうし、やりたい事のスキルを伸ばすなんて事は殆ど考えられてこなかった。
今は、かつてのようなみんな一律という常識は崩れつつあり、むしろそういう考え方では生きていけなくなりつつある時代だ。好きな事にハマり、それをとことん極めていったマニアックな人が、今までになかった新たな価値を生み出す時代である。
本人の好きなことを好きなだけして、
更にそれをもっとたのしくできるようにするには(上達するには)どうしたらいいかを一緒に考える支援をしていった方がいいのではないか?
好きな事を極めた結果、それが仕事になるこれからの世の中は、障害者にとってぴったりなのではないか?
障害者にはハマる力がある。
その力を活かし、そのスキルを伸ばすスキームの確立と、それをビジネスにするアイデアが集まれば、結果としてその人達の元にお金が集まる事となり、よりよい福祉サービスという感動にお金を払い、私たちはそれを元に更なるサービスを展開できるのではないか。
もちろんそれは至難の業ではあるが、この業界に明確な理由を持って入ってきた人達には、その困難を乗り越える事ができるのかも知れない。
そう考えると、これから訪れる変化と多様性の時代は、障害者にとって、またこの世界ではたらく人々にとって明るいものとなり得るのかも知れない。
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