特別企画:脚本『君の歌』公開⑥

今回で完結です。

①はこちら↓


  音楽家の家。
 インターフォンが鳴る。
 音楽家と軍人がやってくる。

軍人  「来たかな。」

 軍人がドアを開ける。
 コトハがやってくる。

コトハ 「ごめんなさーい、遅くなりました。」
軍人  「そんなに待ってないよ。」
コトハ 「お邪魔します。」
音楽家 「学校帰りだね。」
コトハ 「うん。今日はちゃんと行ったよ。」
音楽家 「偉い偉い。」
コトハ 「えへへ。ねえ、カノンちゃん、大丈夫だった?」
音楽家 「……。」
コトハ 「私ね、お母さんから聞いたんだ。仮面付けてない人が普通の世界に行くと取り囲まれて威嚇されちゃうんでしょ。私も普通の世界に行ったらそうなっちゃうってお母さんが言ってて、想像したら怖くて。カノンちゃんに怖い思いさせちゃった。」
軍人  「ちゃんと分かっていれば、カノンさんは怖い思いをせずに済んだかもしれない。」
コトハ 「んー、それでね、カノンちゃんがつらいなら、私が元気になってって言えば元気になるでしょ。それなのに狭間さんはそれはやめろって。よく分かんないって言ったら、二人に教えて貰えって言われた。」
音楽家 「……コトハ、君にすごいことを教えてあげよう。」
コトハ 「何?すごいこと?」
音楽家 「人はね、言霊の力がなくても元気になるよ。」
コトハ 「……え?」
音楽家 「実際、カノンさんは今日元気だった。」
コトハ 「そんな。でもでも、傷ついた人を助けるのがヒーローだよ?」
音楽家 「そうだね。カノンさんは確かに傷ついてたし、混乱していた。でも、言霊が無くても、人は立ち直る。それは時間のおかげだったり、美味しいご飯だったり、十分な睡眠だったり、歌だったり、立ち直るきっかけは人によって様々だけど、人はどんなに傷ついても、怖い思いをしても、それでも前を向く。」
軍人  「特にカノンさんは強い子だ。立ち直るスピードは速かった。いや、立ち直るというより、あれは切り替えた、と言った方がいいか。まだつらいだろうし苦しんでいるが、それでも今できることをしようと頑張っている。」
コトハ 「本当に?」
音楽家 「うん。」
コトハ 「ほんとのほんと?」
音楽家 「ほんとのほんと。」
コトハ 「……じゃあ、言霊なんていらないじゃん。ヒーローは何でいるの?だって言霊の力が無くても人は頑張れるんでしょ?元気になるんでしょ?じゃあ、私は何が出来るの?」
音楽家 「……コトハ。」
コトハ 「ヒーローの歌聞いて、すごいって思った。だって、私、仮面無いから、一回パパとママと離れ離れになって、言霊使いって分かったからまた家族に戻れて、だから言霊の力は大切にしようって思って学校も、勉強も、頑張ってるのに、全然上手くいかなくて、でも、あのヒーローは、言霊で人を助けてた。私もああなりたいって思った。でもなれないんだもん。やっと、やっと、カノンちゃんが来て、人を助けるチャンスって思ったのに、結局、怖い思いさせちゃった。だから、カノンちゃんが傷ついたって聞いて、私が元気になってって言えば治るのに、それは駄目って言われるし。言霊の力が無くても元気になるなら、ならさあ、言霊なんて。」

 『消えちゃえ』

コトハ 「んーんー、何で言えないの?何で制限かかるの?」
軍人  「落ち着け。」

 『うるさいなあ』

コトハ 「んー、私だって普通になりたかった。」

 インターフォンが鳴る。

コトハ 「……。」

 音楽家がドアを開ける。

音楽家 「おかえり。」
カノン 「ただいまかえりました。」

 カノンがやってくる。

カノン 「あっ。」
コトハ 「……。」
軍人  「頬が腫れてないか?」
カノン 「あー、お母さんに叩かれたんで。もう痛くないですよ。いや、全部話したらお母さんには泣かれるわ叩かれるわ、お父さんには怒鳴られるわ、散々だったんですけど、でも一応認めて貰えたというか、それでも家族のままでいようって言ってくれたんで、大丈夫だと思います。学校に連絡したら、そういう生徒に対しての緊急措置があったみたいで。すぐに異常な世界の学校に転校できるシステムで、転校できる学校三つ紹介してもらいました。」
音楽家 「お疲れ様。」
コトハ 「……本当に元気になってる。」
軍人  「ああ。」
コトハ 「……あの、昨日は、ごめんなさい。」
カノン 「……コトハちゃん。私昨日のコトハちゃんにムカついたし、嵌められたんじゃないかって思ったりしたんだけど。」
コトハ 「そんな。」
カノン 「でも、コトハちゃんは何も知らなかった。それに、私も何も知らなかった。だから、私も悪かった。ごめんなさい。」
コトハ 「いや、あの、カノンちゃん。その、私は自分がヒーローになりたくて困ってる人がいたから利用したんだよ。友達だからっていうのも、あれも、実は友達って何なのか分かんないまま使ったから、その、嵌められたっていうの、合ってると思う。本当に、ごめんなさい。」
カノン 「……。」
コトハ 「……。」
音楽家 「なら、何も知らない同士、これから知っていけばいい。」
軍人  「二人とも勉強が必要だな。」
カノン 「え?」
軍人  「二人とも学校には行ってる、カノンさんは転校してからか。だから知識とか、コトハさんの専門的な力のコントロールとかは学校に任せるけど。それ以外の生きる術とか技術みたいなのは俺たちが出来る限り教えようって決めたんだ。」
音楽家 「まあ私たちのお節介なんだけどね。しかも万年寝不足だし、こっちはいないことが多いし。それでも頑張ってみるよ。どう?」
カノン 「良いんですか?」
コトハ 「二人が先生になるってこと?」
軍人  「ああ。俺はしばらくはいられるから。」
音楽家 「まあ、私に教わったからと言って歌手になれるかはカノン次第だけど。」
カノン 「……はい。」
軍人  「君は本物のヒーローになれるかもしれない。」
コトハ 「でも、私、コントロール下手だし。」
音楽家 「……少なくとも、私は助けてもらってる。おやすみって言って、寝かせてくれるでしょ。寝れないのはつらいんだ。ありがとう。」
コトハ 「……。」
軍人  「何だ、もう人助け出来てるじゃないか。」
コトハ 「……そっか、そっかあ。」
カノン 「良かったね。コトハちゃん。」
コトハ 「……ねえ、カノンちゃん。」
カノン 「ん?」
コトハ 「これからも、一緒にいていいですか?」
カノン 「……うん、いいよ。」
コトハ 「……へへ、やったあ。」
音楽家 「うーん、歌手の卵とヒーローの卵か。私達がちゃんと教えられるかな。」
軍人  「もう決めた事だ。それにあそこまで狭間に念押しされたんだ。出来る限りのことをしよう。」
音楽家 「そうだねえ。私達も学ぶことばかりかもねえ。」

 場転。

 道端。
 別の狭間がやってくる。
 そこへ、狭間がやってくる。

狭間  「せんぱーい。」
狭間2 「うわっ。何どうしたの。」
狭間  「反対派が勝ちましたね。」
狭間2 「そうね。僅差だけどね。」
狭間  「俺実は賛成に入れたんですよ。」
狭間2 「守秘義務。」
狭間  「先輩が言えって言ったんじゃないですか。前に。」
狭間2 「反対派じゃなかったの?」
狭間  「んー、そうだったんすけど。もちろん仕事増えるのは嫌っすけど。でもこの間の女の子見てて。」
狭間2 「女の子?」
狭間  「あの先輩のナイフ褒めてた子ですよ。」
狭間2 「ああ、私の区域の。」
狭間  「俺の鎌は褒めてくれなかったのに。」
狭間2 「怖いからでしょ。」
狭間  「うええ、格好いいじゃないですか。」
狭間2 「で、あの子見てどうしたのよ。」
狭間  「ああ。普通とか異常とか、なーんか面倒くさそうだなっていうか、人間しんどそうだなって思って。」
狭間2 「そんなの今に始まったことじゃないでしょ。」
狭間  「まあそうですけど。それに、ああいう異常な世界に来て最初はパニックになっても、その後ちゃんとどうすれば良いか考えて生きていく子見たら、人間って俺が思うより強いんじゃねえのって。だから世界が一つになってもどうにかなるだろって思って。」
狭間2 「ふうん。まあ、これからよ。あまりにも僅差だったから、普通の世界と異常な世界の行き来が特に激しい区域を試験的に合併してみるみたいね。」
狭間  「あー、聞きました、それ。どうなると思います?」
狭間2 「人間次第でしょ。」
狭間  「頑張ってくれよー。」
狭間2 「あんたこの話するために呼び留めたの?」
狭間  「はい。先輩とはずっと投票の話してきたじゃないですか。」
狭間2 「そうね。で、仕事は?」
狭間  「……俺夜勤っすよ?まだまだ時間。」
狭間2 「この間の報告書は?」
狭間  「あっ。」
狭間2 「早めにね。」
狭間  「すいません。すぐ書くんで。」
狭間2 「はいはい。」

 狭間と別の狭間が別々の方向に去る。
 音楽家の家。
 コトハと軍人がやってくる。
 二人とも飲み物やお菓子を持っている。

コトハ 「今日は何?」
軍人  「んー。」
コトハ 「まだ決まってないの?」
軍人  「いや、もう決まってる。」

 インターフォンが鳴る。
 軍人がドアを開ける。

カノン 「こんにちは。」
軍人  「こんにちは。どうぞ。」
カノン 「はい。」

 最初とは別の制服を着たカノンがやってくる。

コトハ 「カノンちゃん。」
カノン 「ああ、コトハちゃんも来てたんだ。」
コトハ 「今日はねー、映画見るの。土曜の放課後はここに来るんだよ。」
カノン 「毎週?」
コトハ 「うん。ほぼ。」
軍人  「コトハ、カノンさんに先週のがどうだったか教えてあげな。」
コトハ 「んーつまんなかった。」
軍人  「クソつまんなかったそうだ。B級映画って当たり外れあるよね。」
カノン 「B級映画見てるの?」

 軍人はカノンのための飲み物を取りに去る。

コトハ 「ヒーローが出てくるの見るの。アニメも特撮も見るよ。でね、見終わった後の方が大変なの。つまんなかったら、何でつまんなかったとか、今日のヒーローはどうだったかとか、話し合うの。」
カノン 「へえ。結構難しそう。」
コトハ 「でも結構楽しい。」

 軍人が戻ってくる。

軍人  「カノンさん、あいつはもう少ししたら来ると思うよ。最近ずっと作業してて。」
カノン 「そうですか。」
コトハ 「あ。スリーパーさんからはね、一週間に最低でも一冊、何でもいいから本を読んで、それで、良いなって思ったり心にぐっさり来た言葉があったら、それをこのノートに書くの。このノートに自分の心が動いた言葉を詰め込んでいくんだって。」
カノン 「良いね、それ。」
コトハ 「あっ見ちゃ駄目だよ。」
軍人  「そうだ。遅くなったけど、転校おめでとう。」
カノン 「あっありがとうございます。」
軍人  「どう?」
カノン 「びっくりしました。みんな転校に慣れてて。私囲まれて質問攻めにあうって覚悟して行ったんですけど、全然何も無かったです。」
コトハ 「普通じゃない?」
カノン 「普通じゃないよ。」
軍人  「上手くやっていけそう?」
カノン 「まだ分かりませんけど、一応合唱部には入りました。」

 そこへ、CDや楽譜が入ったファイルを持った音楽家がやってくる。

カノン 「こんにちは。」
音楽家 「こんにちは。手洗いうがいは?」
カノン 「忘れてました。してきます。」

 カノンが去る。

音楽家 「今日は何を見るの?」
軍人  「これ。」
音楽家 「ああ。これ見たよ。でも最後らへんの。」
コトハ 「ネタバレ駄目だよ。」
音楽家 「おお、ごめん。」

 カノンが戻ってくる。

カノン 「そうだ、スリーパーさん。母がスリーパーさんたちに会いたがってたんですけど。」
音楽家 「何で?」
カノン 「いや、私がすごくお世話になってるって話したら。ああ、もちろんスリーパーってことは言ってないです。」
音楽家 「うーん、お母さん仮面付けてるんだよね?私例外じゃないから怖がらせちゃうんじゃないかな。」
カノン 「えっ例外じゃないんですか。」
音楽家 「うん。だから顔出しNGでプロフィール非公開。」
カノン 「あー。」
軍人  「俺のことは話してないのか?」
カノン 「話してます。」
軍人  「じゃあ親御さんと会う時は俺も一緒にいればいいんじゃないか。」
カノン 「良いんですか?じゃあ日程決まったら教えますね。」
軍人  「分かった。」
音楽家 「うん。ああ、今のうちに、はい。」

 音楽家が手に持っていたファイルをカノンに渡す。

カノン 「……これ。」
音楽家 「曲だよ。」
カノン 「ふわあああ、楽譜付き。あの、すっごい嬉しいんですけど、あの、私、新曲を誰よりも早く聞けるのはありがたいんですけど、推しに貢ぎたいっていうか、新曲出たらちゃんと買うんで、あの、ここまでしてくださらなくても。」
音楽家 「うーん、何言ってるかあんまり分かんないけど。それ、あんまり公表する気ないんだよね。」
カノン 「えっ。」
音楽家 「転校のお祝いとして作ったから、それは君の歌だよ。」
カノン 「……。」
音楽家 「で、どうする?もうレッスンする?それとも映画見る?」
カノン 「うええ、あの、えー。」
音楽家 「うん、映画見ようか。」
コトハ 「一緒に見るの?」
軍人  「お前のグラス取ってくるよ」
音楽家 「ありがとう。」
カノン 「うわあ、私の歌、スリーパーさんの。うわあ。」
コトハ 「良かったね。」
音楽家 「そうだ、カノン。」
カノン 「はい。」
音楽家 「その曲のテーマ。異常な世界にようこそってね。」


【おわり】

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